レイジング・アヴェンジャー

第125話 一報

———北太平洋———


 コンテナ輸送船“レインボー・クリル”は、群青色の海原でゆりかごのようにうなりながら絶海を漂い。船底にドルフィンフィッシュを引きつけれて、途方もない孤立感に争うように中央アメリカを目指していた。


 波間の影響を受けない船内ではヴィズが、チューナーの壊れたラジオ無線を弄る途中で、偶然にも自身の乗っていた船が沈んだことを知った。


「おい、ルーリア。ラジオがとんでもない事を言ってるぞ」


 テーブルに乗せていた足を降ろし、ラジオのボリュームをつまみながら、口先で火を捕まえた。


「どうなってんだ、一体……」


 ニュースの受け取り方は各々で異なり、ルーリナは珍しく険しい顔で文言を咀嚼し。ルーリアの困り顔を見れたローレンシアだけがニコニコとしている。

 ヴィズ本人はこのニュースが何を意味するのかを、ルーリアの反応から探ろう自然体に徹した。

 

「ルーリナ。キュア・アクアが沈められたぞ」


 沈黙をあえてヴィズが破る。煙まじりの驚嘆でルーリナに言動を促す発破をかけたのだ。


「えぇ……。船を変えておいて正解だったね」


 ルーリナは話自体を終わりしたいとばかりに平然と答え、衝撃こそ受けたが、内容や事態には大した価値を見出していない顔を繕っていた。

 「私はあんたにゾッとしてるよ」とヴィズがそんな違和感を煙に混ぜ、疑問を投げつけた。


「………ルーリナ。


 ヴィズたちはルーリナの提案で貨物船『レインボー・クリル』に乗り替えており、キーラたちは狗井の治療ないし、修理の為に第三の船でヨーロッパへと向かっている。

 そして、ラジオニュースの話題に登った『キュア・アクア』は幽霊船として、フィリピン海を彷徨っていたところを撃沈されたのだ。


 ヴィズからすれば不気味でしかない。ルーリナはその全てを予想していたかのようにしか見えないのだ。


「ヴィズの予想はハズレ。

 残念な事にあの船の保険金は私が受け取れないんだ。受取手はあの船の書類上の持ち主になっているからね」


「ルーリナ…………事務仕事の話はどうでもいい」


 ルーリナの言動と自身を取り込む現状から導き出したのは“陽動”と“欺瞞工作”の二文字。直感が嗅ぎつけたのは自分たちより上の次元での情報戦が行われている痕跡だ。


「ヴィズの言う通り。私もヴィズも、ルーの秘密主義にはうんざりを通り越して、呆れつつあるよ?」


 ヴィズの機微を嗅ぎ取る一方で、ルーリナが苦悶する姿を見られると心待ちにしていたローレンシアが食指を伸ばす。


「なんで船が沈んだの? ポセイドンやクラーケンも私と同じくらいあなたが嫌いって事?」


 ローレンシアの加勢はヴィズにとって追い風となり、ルーリナの一貫した秘密主義の一角を取り崩した。


「私を嫌っているのは神話の存在じゃなくて血の通った誰かだよ。

 キュア・アクアの最後は沈没じゃなくて撃沈。

 あの規模を船をたった数時間で沈めるには、船体にバルジを無視するほど大きな穴を開けなければ無理だからね。魚雷とか対艦ミサイルとか」


 火種を写した瞳でルーリナの動向を分析するヴィズ。

 会話の流れは濁り、ニュースに続いて流れた場にそぐわないハワイアンミュージックをミュートする。


「気のせいかな………あんたには、心当たりがありそうだ」


「まぁね」


 ルーリナの目が素早くヴィズの両手に走る。

 これからの発言で殴られるの可能性を見出しているのだろう。


「いつから勘づいていた?」


 その期待にいつでも応えれるように、両手を静かにテーブルの上に置いた。

 

「いつから、と言えば東京で機密保全課と交戦した時ね。

 あの連中が、最短経路より早くあなたたちを見つけられたのか腑に落ちていなかった。

 となれば誰かがテコ入れをしていたと考えたの」


 目に不審を宿しながらもヴィズは罵声よりも喫煙を選ぶ。

 仕草の中で灰を床に振り撒き、闘牛さながらに鼻から噴煙を吹く。


「じゃあ、ジンドウが対艦兵器を使ったってこと?」


 ヴィズの抱いた疑問が以心伝心とローレンシアから放たれる。


「いえ。弔い合戦には早すぎる。常識的に考えて違うよ」


 ヴィズは呆れたようにソファに沈み直し、ローレンシアが腰を浮かせてテーブルにのしかかるようにして肘をつく。


「気に入らないね。ルーを困らせるの私の専売特許のに」


「……貴女には、18世紀からその事業の撤退を求めているけどね?」


「ねー」と自分への苦言に被せ気味に肯定するローレンシア。

 ラチのあかない会話を遮るように、ため息と嫌気が混じった有毒な吐息が場に渦巻いた。


「ルーリナ、お前はなんでそんな緊張感が無いんだ?

 テコ入れで対艦ミサイルを用意するような奴を敵に回してるんだぞ」


「珍しくナイーブじゃないヴィズ。

 私たちは世界中を敵に回しているんだ。恨み具合は程度だろうけど、敵は世界中にいる」


「昔からことでキレる奴はいる」


「まず、この船は安全だと保証できるよ。

 そもそも対艦ミサイルを撃ち込むのは、カッとなって相手の前歯を折るのとは違う。

 キュア・アクアは日本に寄港した事で素性が露見してしまったけど、このレインボー・クリルに関しては今だに商業目的の完全な民間船だよ」


「信じていいものなのかね……」


言葉に含を持たせて、なじるようにタバコをねじ消す。ルーリアは信用できる人物だが、言動を信頼できるかどうかは別問題。


「つまり、我らがルーは、やっぱり敵の交戦規定を知ってるんだな?」


「えぇ。予想はついてる」


 二つ返事で受け止め、これから繰り出されるであろう詰問に逃げも隠れもしないと態度を表明するルーリナ。


「じゃあ、敵は誰だ?」単刀直入に言葉を刺すヴィズ。「もっと嬲れたのに」とローレンシアが呟くが、2人とも無視して話を進める。


「敵は……恐らくCIAと太いコネクションを持つPMC民間軍事会社でしょう。

 CIAやペンタゴンを記録帳代わりに扱えるような連中。まるで、SOGのグローバル版のようにね」


「そんな組織…………噂程度の信憑性だ」


「信憑性でいえば、私たちだって世間一般ではその程度でしょ?」


 ルーリアは敵をPMCと称したが、キュア・アクアの一件と東京の事を踏まえて、敵の正体は国軍以外の軍隊とでも呼べる部隊なのだと推測した。政府や国として関わりたくない“汚れ仕事”を請け負う実質の特殊部隊。


「じゃあ、私たちみたいに世界中の血生臭い噂の正体のような連中か」


「そういう事。傭兵、ギャング、殺し屋に権威主義的な区分は存在しないからね。

 私が推測できるのは、我々を狙っているの連中は、政治とは切り離されつつも、簡単に軍事品を手に入る存在という事ね」


 敵が相当に強大なのだと判明するに従って、ローレンシアの声色が黄色を帯びる


「ふーーーん。そこまで私たちと敵に共通点が多いなら、弱点も同じだよね!」


「そうね。私たちも敵も非常に裁量の大きい少数精鋭の主要メンバーが存在すると見做していい」


「ふふっ。私は番狂せが大好きだ」


 反応は示さないが、ヴィズにとってローレンシアの言葉はシンプルに頼もしいものだった。

 このローレンシアという名のハーフエルフの精神異常者が、敵に見せる非常に好戦的で暴力的な行動は、敵の優勢を打ち砕く最強の突破口となるからだ。

 

「襲撃の対応はローレンシアに押し付けるとして、これからの予定はどうする?」


「予定に変更はない。

 連中が私たちの船を沈めたのは、攻撃というよりは、私たちを突発的に動かす為の牽制だよ。

 だから、その思惑に乗らない。逆にここで航路を変えたり、予定を早めたら、それこそ監視対象と目されてしまう。

 キジも鳴かねば、撃たれまい、という事よ」


 キュア・アクアの沈没点とこの船は位置関係から見ても、緊急措置を取るには不自然なほど距離が離れている。

 避難勧告の通達も届いていないので、我関せずを貫く事が、敵の目論みを潰す最適解だった。


「………理屈は分かった」


 ヴィズとて、ルーリナの計画に異論はない。後はどの程度ルーリナに命を預けるかという問題が残ったが、その点に関してヴィズは堅実さを貫く。


「だが、陸地が見えるまでは、救命胴衣を着て甲板で寝るからな」


 回転弾倉の並ぶ着実さで踵を返し、登り階段へと足を運ぶ。


「ヴィズ。神経質にならいでよ、ベトナムでも、移動は船だったでしょう?」


 水密扉のヒンジに住む虫に負けないように、引き止める声を追い返す。


「そうだ。だからこそ

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