第123話 来客

—2022年 アメリカ合衆国・ニューヨーク—


 ソニー・スカレッタは、アメリカで大成しており、60年前の事など思い出す事もなかった。

 時間が不可逆なように彼も常に未来に向かって邁進しているのだ。


「トーマス・レッソだな? 問題ない。通してやれ」


 マンハッタン島という世界の中心の一等地の摩天楼に住まう彼は、内通電話で来客の詳細を受け、入室の許可をだす。

 彼の住うペントハウスは、マンハッタン島を展望できる高度にあり、その高度故にセキリティーも厳重だった。

 出入り口は居住フロアからの直通エレベーターしかなく、家主の許可なく出入りするのは不可能。

 その家主の特権として、彼は客人を招き入れたのだ。


「さて、抗争の英雄が帰還だ。ふん……俺らしくもなく少し緊張しているのか」


 彼はエレベーターが到着するまでの僅かな間に、歓迎の挨拶を決めなければならない。

 迎えいれたのは旧友にして、ルイジアナ州を支配下に収めた古強者の英雄トーマス・レッソなのだ。


 アンソニーとトーマスの関係性は、端的に言い表せば上司と部下。

 ソニーは、アメリカ全土に根付いたイタリア系吸血鬼移民の犯罪者の頂点であり、トーマスはそのルイジアナ支部の幹部。

 そこには順列として明確な格の違いがある。

 が、個人の間柄を見ると、ソニーがトーマスに抱いている感情は、兄に対する愛情が1番近い。

 2人の間に血縁の関係は無いが、アメリカに渡った頃からの友人であり、ソニーがアメリカ型資本主義の頂点捕食者に上り詰める筋道を立てたのはトーマスのサポートがあったが故。

 彼にとってトーマスは、ルーリナと実姉を除いて、この地球上で唯一気を遣わないといけない存在だった。


「いや。俺はフランクにいくぞ……」


 挨拶の腹を決め、エレベーターホールへと足を運ぶ。


 「チンッ」とエレベーターが到達をベルの音が告げ、モーターの音を伴って扉が開いた。

 

 この階に来た客人は全員ボディチェクを受ける事になっているが、その客人だけは例外に扱う。 


「トミー……。よく来てくれた」


「この日を待ち侘びてましたよ。ボス」

 

 握手が交わされる。


 差し伸べた手が握り返され、自然と親愛の笑みとハグが交わされた。


 彫刻の題材に出来そうなラテン系のトーマスに対して、「相変わらずこの世で2番目にイケた顔だ」とソニーは称する。


 すると、トーマスからは、「ボス。貴方もお変わりなくこの世で3番目にイケてますよ」と敬意と懇意の混ぜられた返答が迎えうつ。


 しかし、親愛の笑みはすぐに曇りを見せた。


「ソニー。こんな場で悪いがニュースは見たか?」


「トミー。久しぶりの再会だっていうのに、ニュースを見たか、だって?

 その様子だとナンパの腕は俺の方が上達したかもな」


 9割の愛情と1割の反骨心の込められた手がソニーの顔を軽く叩く。


「言うようになったな。だが、今は少し険しい事態だ。とにかくテレビを点けろ」


 「分かったよ。ったく、顔に何かされたのはキス以外では数十年ぶりだぜ」


 ぼやきつつもソニーは素直にテレビリモコンを探す。

 この旧知の友人は、人の家に来て開口一番にテレビを見たがるような無礼な輩ではない。

 そんな彼がとったこの行動には、並々ならぬ意味があると察しているのだ。


 エレベーターの死角に戻る護衛を尻目に2人はシアタールームへと足を運び。


 プロジェクターのスイッチを入れる。


「ついに家に映画館なんか作ったのか」


「なんでもデカい方がいいだろ?」


 スクリーンに映されるのはありきたりな番組の数々。


「公共でいい」


 そのチャンネル群の中から凡庸なニュースを選んだ。

 下劣なゴシップばかりと思っていた番組が、突如ソニーの度肝を抜く。


「おい。この映像……マジか!?」


 画面に浮かんだテロップは、『貨物船沈没。原油が西海岸に到達か』というもの。


「聞いてないぞ、ウチの船か?」呆気にとられたソニーは、苛立ち紛れにソファにリモコンを放り投げる。


「いや、我々の船ではない」


「なんだ………。じゃあ、バカンスは|フロリダでしろって事か?」


「船をよく見ろ」

 

 収束する光の中で、キャスターがネクタイを直しながら速報を伝える。


「このスコットランド籍の貨物船は………」


 頭の中で火花が散る感覚がソニーを襲う。


 スコットランドに母港を持つ貨物船で、なおかつソニーとトーマスに関係のある船は数隻しかない。

 その事実は、ソニーに軽いめまいをもたらした。


「おいこれって……」


 ニュース映像からスタジオへと画面が変わり、元海軍将校のネームプレートを提示する老人がシワだらけの顔から唇を掘り当てる。


「これだけのサイズの船がたったの3時間で沈むのは自然災害では考えられませんね。

 基本的にこの手のタンカーが損傷を受けた場合には、バランスの関係で転覆を起こしますが………この船は浮かんでいた姿勢のまま沈んでいます。

 この沈み方は、船体下部に対応不可能なほどのダメージを受けた物と見受けられます……」


 別のコメンテイター兼コメディアンが口を挟んだ。


Mr.コマンダーミスター・司令官。つまり、ゴジラが実際するという事ですね!?」


「ゴジラが実際すると良いですな。でなければこの事故は、テロや軍事行動の可能性が出てきます」


 軍事衝突を匂わせるコメンテイターをニュースキャスターが遮ると同時に、プツリと画面は黒い瞼を落とした。


「おい。トーマス。これはいったい……」


「沈んだのはキュア・アクア号だ」


「んな事は分かってる!」


「さっきの爺さんも言ってたが、あれは事故じゃない。船は浸水した際にその区画を封鎖して耐るように出来ているんだ」


 ソニーはトーマスが沈没に一家言ある事を知っていた。


「誰がやった? ルーが自分で沈めたのか?」


 彼にはドイツのUボートに乗っていた船が沈められた経験があるからだ。


「ルーリナ様がこんな目立つ事をするか?

 お前こそ何も聞いていないのか?」


 しかし、トーマスの叡智はその程度で、返答に窮しながら、タバコを辞めた事を忘れて、胸ポケットを探るようになっていた。


「連絡は来てない……その気になれば、こちらの都合なんか気にしないからな……」


「信じたくないな。ルーリナ様は連絡してこないのか………。それとも連絡すら出来ないのだろうか…………」


 2人して合皮のソファを軋ませる。把握できない事態に吸血鬼の肉体ですら心労で参ったのだ。


「トミー…………縁起でもない事を言うなよ。

 ルーを殺すとなれば、アポロに詰め込んで太陽に打ち込むくれぇの手間が必要だ。

 クソ。何が起きてるんだか………」


 腰を据えたと思えば、多動症のように立ち上がるソニー。

 そのまま金庫へ向かい、ルーリナへのホットラインである衛星電話を取り出す。


「黙ちゃいられねぇ。ダイヤルしてみる」


 発信音から呼び出し音へ、一歩ずつ着実に真相に迫る。


「待って、ソニー。電話を切れ。事態が悪化した」


 そう言ってトーマスはエレベーターを指し示す。エレベーターホールの階層表示板が灯り、エレベーターが上昇し始めたのだ。

 

「おい。コールガールでも来るのか?」


「いいや。そもそも下からの通達がなければエレベーターは動かない………007でもここには入らねぇよ」


「だが、エレベーターは動いている。歓迎の準備をするべきだな」



 

 

 

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