第119話 逃亡

「超重い。こんなのレディが持つものじゃない!」


 ローレンシアが、愚痴をこぼしながら狗井をワンボックスに積み込んだ。


「じ、重傷者ですから、丁寧に扱ってください」


「は。重傷ねぇ。てっきり分解してゴミを分別するのだとばかり思ってた」


 狗井の身体に応急処置を始めるキーラ。言動とは裏腹にローレンシアもその様子を注意深く見守った。


ガチャ。バタン。


 慣れた身のこなしにで、ヴィズが運転席に乗り込み、キーを回してエンジンを起こす。


「忘れ物はないな? 置いていきたい物は別だ」


 返される返事は全て、“発車”の意を含み、顔情報が残らないように帽子を被ったヴィズは、シフトレバーをDに合わせた。


————————————————————


名古屋港。


「キュア・アクア号を見て、嬉しいと思うなんてな」


 波止場にてタラップの伸びた貨物船に横付けされたワンボックスから、キーラ、青烏、ルーリナの手によって狗井が運び出される。

 

「ヴィズ、ローレンシアはこの車の後始末をお願い」


 ヴィズは、船に運び込まれる狗井を尻目に、ワンボックスの処分に移った。


「指紋を拭いて、海に沈めればいいか?」


 ルーリナが首肯し、経験上の助言も付け加えた。


「窓は開けたまま沈めてね」


「分かってる。………ローレンシアついてこい」


 ルーリナは狗井の看病に向かい、ヴィズとローレンシアが痕跡の隠滅に乗り出した。


 2人して車の中をライトで照らし都合の悪い物を探す。


「前の持ち主の私物と狗井の血以外は何もないね」


「そのようだな。運転に行け」


 ヴィズはそう言って、ローレンシアに運転席を任せた。


「どうやるの?」


「アクセルを踏み込んで、海に飛び込めばいい。車にはなくなっても困る物は乗ってないからな」


 エンジンをかけるように指差し、次にシフトレバーを示す。


「私は?」


 ヴィズが、わざわざローレンシアの


「なくなっても困らないだろ…………。

  貨物の区分線を見ろ、1番手前のが海岸線から6mだ。そこでハンドルに触れないように飛び出せばいい」


 シートベルトを外しながら、ヴィズに噛み付く真似をするローレンシア。

 ふざけ合ってから、ヴィズは堤防端の街灯を指差す。


 「万が一の時は、あの街灯のところに梯子がある。サメに食わず嫌いされたら上がってこい」


「了解」


「まぁ、緊張しなくていい」


ドアを閉めると、ワンボックスは暗黒のこぞんだ領域に猛加速を始める。


「3割くらいは成功するからな………」


 オートマチックのトランスミッションが一気に変速し、エンジン、ドライブシャフト、タイヤが順に唸りを上げ車体速度を上げていく。


 海を目前にして、運転席から脱出パッドのようにローレンシアが飛び出した。


 ワンボックスが大波を巻き起こしにながら闇の帳に飲み下され。潮騒が落ち着く頃、堤防のコンクリートの上を転がり回っていたローレンシアも平衡感覚を取り戻す。


「ふぅ………今回は、飛び降りてばかりだ」


 片膝をついているローレンシアに手を差し伸べる。


「今回の任務の功労者は間違いなくあんただ」


「ありがとうって言おうと思ったけど、要するに面倒ごとは全部私に押しつけたって事だよね」

 

「中途半端に勘が良いと早死にするぞ」


「ご心配なさらず。齢は200を超えております」


 ゴボゴボと海面の泡立つ音が弱まり、波の音だけが残る。夜の港の日常風景が戻った。


「海に沈めた程度で見つからないものなの?」


「なかなか難しい質問だ。通報されていれば、明日の午前中には引き上げられるだろうし、目撃者がいなければ、人類より長く地球上に存在することになるかもしれない」


 海は古くから外道を行く人々の非合法の処刑、犯罪証拠の隠蔽、有機物の処理に使われている。

 そう言った闇の存在の気配が、漁網や海底探索船により発見される事例は後を立たない。しかし、そう言った数値に表れない母数とはるデータがどのような規模なのかは誰も推し測る事すら出来はしない。


「気にしても仕方ないって事ね。まぁ、この国にはもう当分訪れないからいいのか」


「そうだ。さっさと船に乗り込もう」

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