第118話 二騎討ち

 警報が作動したのは、キーラと狗井がムラマサを強奪し、撤退する最中だった。


 けたたましいサイレンの後、アナウンスが続く。


『地下2階にて、異常事態発生。

 地上階従業員は、通常業務を続けてください』


「異常事態でも通常業務を続行? イカれてる」


 キーラがそう呟いた。


「こんなもんじゃないぞ、アンダーソン。連中は巨大企業だからな。頭のチップで混乱も違和感も消してるんだろう」


 地上1階に戻った2人は、脱出まで後一歩まで迫る。


 その一歩を、玄関ドアを目の前にして、エントランスホールで、敵に阻まれた。


「はぁーー………。よくもこんな大それた事を考えたもんだ」


 ビルに入ってきたのは、楽器ケースのような細長いカバンを持った女だ。

 狗井が手でキーラを自身の背後に退けさせると、刀を構え、攻撃態勢を整える。


「お前は誰だ?」


「機密保全課・課長の菅野・椿。部下が2人いたんだけどね、今じゃ、私1人しか残ってない。あんたらの1番の被害者だ」


 椿は、ケースの仕掛けを操作し外装だけが落下。


「あははっ。維新この方廃れたる日本刀を今更に。ってね。奇遇だね」


彼女の手元には近代式日本刀が残った。


「…………」


 「変な話だ。刀が銃で廃れて、銃の技術が熟成していった。そしたら、対サイボーグ戦闘でのCQBに日本刀が復活した」


 顔にマスクをはめ、全身を強化スーツで覆う。


「さて、そう言う事だ。…………切り捨て御免。この意味も分かるでしょう」


「ふん。御免こうむるッッ!」


 初手は狗井。刀を振り上げ、一気に距離を詰める。


「その構え、まるで“蜻蛉切り”ね」


 椿が鞘を放り捨て、艶のないカーボン地の刀身を晒す。


「サイボーグ化された人間には、共通の弱点がある」

 

 突進めいた斬撃を繰り出す狗井に対し、椿は剣先を突き出す。


「自分を…………ほら、鈍った」


 狗井本人すら自覚でない生存本能が、日本刀の刃先に飛び込む事を恐れ、身体がこわばる。

 その僅かな精神と身体の齟齬を椿はチャンスとして手繰り寄せた。


 斬撃を直前でかわし、すれ違いざまに腹に刃が滑る。


「言い忘れてた。この刃は高周波反応を纏ってる」


 そう告げられるとほぼ同時に、狗井の脇腹から火花と循環液を吹く。


「くっ…………」


 すり抜けた椿に、すかさず追撃を試みる狗井。

しかし、その思考すら読まれていた。


 狗井が振り返った時、椿は既に狗井の懐に潜り込んでおり、刃の軌道の内側で攻撃を待ち構えていた。


「分かるかな、これが無刀取りならぬ、有刀取りだよ」

  

 力の入る直前に腕が押さえられ、思考回路、闘争本能が対応するより早く、高周波を帯びた刃が狗井の腕を滑り、分子レベルから組成組織を切り落とした。

 その斬撃で振り上げられた刀は、往路の軌道で狗井の左肩に突き刺さり、返す刀で引き抜かれる。


 椿は刃の引き抜ぬいた反動を使って体を翻しながら距離を取り、狗井は、未練に縋るように手を伸ばしながら倒れた。


「物悲しいものだ。積んだ研鑽が多ければ多いほど、決着は短い時間でつく」


 血の滴る刃先が、更に血を求めてキーラをに定まる。


「次はお前だ」


————————————————————


 ガシャーン!


 椿により、キーラの公開処刑が始まろうとした瞬間。

 窓ガラスにブロックが投げ込まれた。


 その事象で、これから起きる事を想定した椿は、音の正体を確認するより早く、キーラに凶刃を向ける。


「何がなんでも1人ずつだ………」


 椿が駆けると同時にキーラも駆けた。


「なっ!?」


 2人の動線は延長線上で完全に重なりあり、正面衝突は不可避。


「何を考えてる!?」


 “この吸血鬼の奇行の真意を見抜けない”。椿のその冷静な判断が太刀筋を鈍らせ。


 本来の動線がキーラの動きで妨害された。


 胴体を切り裂くタイミングを逃し、すれ違いざまに背中を切りつけるだけにとどまる。


 背中に赤い柳の葉が刻まれたキーラは、勢いよく転び、床を滑り。

 戦闘に水を差しにきたローレンシアの足元にたどり着く。


「何、キーラちゃん、そんなに私に会いたったの?」


「遅いんですよ。その文句を言おうとね」


 ローレンシアが片手で、キーラを引っ張り起こし、背後へと退避させる。

 そして、ニコリと頬を緩ませて椿を見た。


「椿とか言う人だよね。生きててよかった。お別れの挨拶がまだだもの」


「……………」


「ムラマサごちそうさまでーす! ついでにあなたもぶっ殺します」


 カチャリ。


 ローレンシアは、そう言って狗井の刀を拾いあげる。


「私も剣術の腕には自信がある。侍と一戦交えたなんて、ちょうどいい自慢話だ」


カチャ。


 椿は、刀の柄に憎悪を力を込めた。


「語る話は残らない、お前はここで死ぬ」


「外れそうな予言だ。試してみよう」


 椿が刀を構えると、ローレンシアが強烈な閃光を発した。


「くっ!? 目眩しか!」


 目に焼き付いた光を恨みながら、刀を構えを防御変えると、視界の中心を陣取る白点の端で、ローレンシアが背を向けている事に気がついた。


「逃がさない!!」


 ボヤけた世界を駆け抜け、辻斬りまがいな斬撃を放つ。


「わぁお! すごいじゃない」


 ローレンシアが空間に張っていた魔力の盾に刃が触れると、高周波の作用で魔力の結合を破壊。

 盾をバターのように、ローレンシアの腕を豆腐のように切り裂いた。


「思ったよりよく切れる剣だ」


 ローレンシアは、切り落とされた手を拾いあげる。


「バカめ、次は首を落とす!」


「ものすごく痛いぞ、死に損ない!!」


 刀を振り上げた椿を、ローレンシアは切り落とされた腕で殴りつけた。

 ありえない攻撃に、椿の体が弧を描き、背中から床へと落ちる。


「なんて奴だ………うっ!? ゲホッ! ゲホッ!」


 立ちあがろうとする椿だが、体が言う事をきかず、むせる帰りながら血痰を吐いた。


「身体が………おかしい……ゲホッ……くそう。なにをした! 私に何をしかけた!?」


「何って、あー、あなたってエルフ族じゃない感じ?」


「ゲホッ……ゲホッ!」


「その感じだと違うっぽいね」


「私に何をした………」


 立つ事を諦め、仰向けに寝転がると、息苦しさのあまりマスクを脱ぐ。

 それに伴って制御を失った強化スーツが剥がれ落ちた。


「この国で言うところの呪いかな? あなたには魔力を直接浴びせた。つまり、体内の全組織が魔力焼けを起こし始めている」


「嘘だ…………」


「嘘じゃないよ。私は嫌いな奴が、苦しみながら死んでいくのを眺めるのが好きだからね」


 椿が最後まで放さなかった刀が足で払い除けれられる。


「あっ! ヴィズ! なんで横取りするの!」


 革靴が顔の横に聳え、そこから生えた脚は天井の手前でダークエルフの物だった。


「ヴィズ……パールフレア…………最後の最後まで逃げ続けていたのね」


「当たり前だろう。私には部下がいるんだ。わざわざ私が危険な思いする理由がない」


 ヴィズが銃を取り出した。


「あんたは意味もなく働き過ぎだったのさ。リーダーとボスの風刺を見てみるといい」


 22口径の銃声がこだました。

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