第113話 肉弾戦

チン!『地下二階です』


 その音を聞いて小さくガッツポーズをするキーラ。


「やりました。最重要区画に潜入成功です」


「それは分かる。上手くいきすぎて不気味なくらいだ」


 2人は、一人分の幅しかない通路を進み、巨大な金庫を思わせる鋼鉄の扉を目の前にした。


「…………嫌な予感がする。この扉………閉じ込めるためのものだぞ」


「やめてくださいよ。縁起でもない——」


 キーラの言葉を遮るように何かのモーターが唸る。


ガシャン!

 

 人間を挟み潰しかねない勢いで扉が閉まった。


プシューー!


 さらに、天井からは真っ白ガスが噴霧された。


「うわぁ! なんだあれ!?」


「知るか。健康に良くないのは確かだ」


「早く脱出しないと!」


「百も承知だ」


 キーラは扉の淵に手をかけ、吸血鬼の筋力でこじ開けようと試みるが、びくともしない。


「こ、こんな時、ヴィズさんやシエーラさんならどうするんだろう!?」


 自分が慌てていると悟ったキーラは、頭を冷静にするために立ち止まる。僅かな時間だけ現実から目を逸らし、感覚を研ぎ澄ます。


 「このモーターの音……油圧! どこかに車のサスペンションみたいな物があるはず!」


 辺りを見回し、扉の端に巨大な開閉装置があることを見つけた。指を刺した。


「狗井さん! その銀色のロッドの奥のぶち抜いてください!!」


 開閉装置は油の流入方向で圧力のかかり方を制御している。この構造は注射器が薬品を押し出すそれに似ていて、薬を押し出すピストンを指ではなく圧縮に強い油で行うことで、1立方cmに数百kgというとてつもない圧力をかけてるものだ。

 だから、キーラはその油に圧力がかけられないようにすることを思いついた。

 

「分かった」


 命令を受けた狗井が拳を固め円筒形の機械をぶん殴り、外装をぶち抜く。

 穴が空いたことで気密を保てなくなった油圧式開閉装置は、自らの発生させた圧力で自壊し始め、圧力媒体である油が霧のように舞い散った。

 

「うへぇ、油まみれだ………」


 油膜の外套に身を包んだキーラ。


「すごい圧力だった。生身の人間だったら死んでただろう」


 油のレーザーを受け、バイザーに穴の空いた狗井。


 2人は部屋を浸す油に足を取られながら扉に向かった。


 「ま、これでこのクソでか扉もグリスアップでさぞスルスル動くでしょう」


 2人で扉を押すと、城門のような巨大さながら新品のスライドドアのように開いた。


「ふぅ、開いた———」


 ドアの隙間にガスが吹き込み、変わりに新鮮な空気と


「っおっかしいな。絶対に開けられないって売り込みだったっんすけどねー」


  目にしたのは暗い筒の中を滑走して飛来する弾丸。


 キーラは銃声を聞くより早く、意識を失い、くの字に折れ曲がった身体が油の上を滑り部屋の反対まで吹き飛ぶ。


「ゴム弾だから安心っすよー。まぁ、死ぬんすけどね」


 ガシャンと銃に次弾が装填され、差し込まれた銃口が正確に狗井の胴体を捉え、ボンッ! という火薬ではなく、圧縮空気による銃声が響く。


「くっ!?」


 サイボーグの腹にゴム弾がめり込み、足が僅かに床を滑る。ダメージをその程度だ。

 攻撃を受け止めた狗井は、反撃に出るために、太ももと背中に手を回し、分割して隠し持っていた刀を繋ぎ合わせた。


 鋼鉄の扉が開け放たれ、ボディビルダー体型の男がショットガンを片手に狗井の前に立ちはだかる。


「うっす、どうも。ジンドウ・コーポ機密保全の近藤っす」


 男は、“おひかえなっさって”とばかりに時代劇の旅人のように片膝を地面に突き手のひらを狗井に見せた。


「趣味は筋肉で問題を解決すること。座右の銘は力こそパワーっす」


「…………そんな事知らんッ!!」


 しゃがんだ姿勢の近藤に対し、立ち姿勢の有利を活かして問答無用で切り掛かる狗井。


 突撃の勢いを乗せた刀身。刃先は地面にスレスレに走り、近藤の左脇腹から右肩までを両断しようと“切り上げ”る。

 

仲良くしましょうや」


 狗井の振った刀身を、近藤は片手で、しかも手のひらで棒でも掴むように受け止める。


 その結果、攻撃として決まったのは、近藤のカウンターだ。


 斬撃を受け止められ、反動で硬直する一瞬に首を掴まれた狗井は、その刹那後には身体が宙を舞い、敵の頭上を超えて地面に叩きつけられた。


「………?!」


 次に認識したのは、あっと言う間に波打つ地面の中心で、人型のクレーターに収まっていた事。


「確実にぶっ壊さないといけないんで、サイボーグの破棄ってのはなかなか手間っすよね」


 狗井の頭上で拳が振りかぶられ、隕石の並の迫力で顔面に拳が撃ち込まれる。


「おぉ! この距離でらすんすかっ!」


 避ける暇のなかった狗井は、せめて打撃の威力を落とすために頬を狙わせた。

 狗井の頬なら、馬鹿馬鹿しい破壊力の拳を内蔵された装甲で弾くように逸らすことで受けるダメージを減らせると目論んだのだ。

 拳が狗井の頬に斜めに命中し、表皮と頬内装甲を抉り取りながら顔の横へずり落ちた。

 

「やいやい。地球をいじめちまった」


 この形勢は狗井に有利に働く。近藤の拳は床にめり込んでしまったのだ。


「死ね」


 押し倒された形になっている狗井は、手首を翻して二の腕に格納していた短刀を抜き、刃先を敵の左脇の下へと突き刺す。

 脇のような可動部分は、サイボーグであっても装甲を施せず、柔軟な素材で構成されているという故に防御面で脆弱性を抱えている事が定石であり、また、左脇からならば、楽に心臓を狙う事ができる。


「あぐっ!!?」


 致命的な一撃に、敵は反射的に背を伸ばした。

 しかし、狗井も手応えは得られていない。


「ちっ。胸腔きょうこう内防刃ネットか………」


 刃を突き刺した感触で、体内に防刃機能があることを悟る。

 ダメージが甘いと判断した狗井は、近藤の身体に下から抱きつき、さらに力を込めて刃を体内に押し込む。


 ブツッ!


 硬い布を突き破る感触が手に伝わり、組み敷かれていた狗井に白い人工血液が降り注ぐ。

 それを感じてから、近藤の体を蹴り飛ばし、距離を取り直すした。


「よくも……やってくれたな………運動用心臓は値段がやべえのによ」


 着ていたスーツを引きちぎり、筋骨隆々かつ、機械化された上半身を剥き出しにした。


「道理を知らない奴だな……次こそ殺す………」


「上等っす。握りつぶしてストレスボールの代わりにしてやりますよ」


 近藤が拳を固める。


「ほら、行くぜ、歯ぁくいしばれよ!!」

 

 

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