第102話 電光石火
時刻は午後9時30分。
ヴィズとローレンシアは、シンドウ・コーポ東京支部前公園で襲撃の準備をしていた。
2人とも黒いトレンチコートを羽織り、頭にはニット帽のように丸めたスキーマスクを被っている。
タバコを胸のポケットに押し込み、裾のポケットには爆竹をしまった。
次にヴィズはカバンを漁り、ドイツ製のサブマシンガンMP5を取り出し、ハンドガードの金属の冷たさとハンドグリップの樹脂の滑らかさに恍惚としながら、吊り革で肩にかける。
MP5は、サブマシンガンを閉所でジョウロのように弾丸をばら撒く制圧用武器という役割から、敵味方入り混じる閉鎖環境で寸分違わず敵を仕留める精密機械へと一新させた傑作だ。
火力、精度、信頼性、携行性において高いポテンシャルを持つこの銃は、対テロ部隊、警察特殊部隊に普及し、すぐにテロリストや犯罪者にも流通。映画の中では、正義、悪問わずプロフェッショナルが使う銃の代表格に上り詰めている。
そして、誰が見ても危険な武器だと一目で分かる事は、ヴィズたちにも都合が良かった。
弾倉を装填を取り付け、コッキングレバーは下げずに次の作業に移る。
中は2つのポーチを取り出し、その中に結束バンドを入れる。
結束バンドは、樹脂製の帯で、ラチェット機構で簡単に結束させる事が出来るうえに、人ではとても引きちぎれない強度を持っていた。
そして、ヴィズの方にはMOディスクが入ってるのを確かめた。
このデータ記憶媒体には、青烏製のジンドウ深層部を探る唯一の突破口となるシステムが書き込まれている。
それらを身につけた黒ずくめのの2人は、スキーマスクを被り直し、目と口元だけが露出している典型的な武装集団の格好に変身。
「おめかしも済んで、サプライズも持った」
ローレンシアがサブマシンガンとウェストポーチを吊りながらサムズアップ。ヴィズは、時計の時間を合わせた。
「さて、パーティーの時間だ」
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ガラガラとけたたましい音をたてながら、野外用ゴミ箱がジンドウ・コーポ社員用地下駐車場のシャッターへと転がっていく。
シャッターとゴミ箱という硬い金属同士が勢いよくぶつかり、轟音を発するとその反動で周囲の静寂が際立った。
シャッター付近のセンサーがこの異物に反応し、カメラが起動。
しばらくすると、警備員が問題解決のためにシャッターを内側から開放した。
ヴィズとローレンシアはこの瞬間を待っていた。
警備員がゴミ箱をどうやって動かそうかとを思案する隙にローレンシアが駆け寄る。
警備員が足音に気がつき振り返ると、目の前にはコンクリートに使われる鉄筋が迫っていた。
バキン!
破片や催涙スプレー対策の保護ゴーグルが砕け散り、衝撃と両目に走る激痛が視力と思考能力を奪う。
倒れた男にヴィズが駆け、すぐさま社員証を強奪。
合図として、ローレンシアの肩を叩くと、ヴィズは社内に突入。そのまま、建物の全インフラを破壊するために、地下二階を目指していった。
ローレンシアも昏倒させた警備員を引きずって社内に入り、シャッターを内側から閉めた。警備員を結束バンドで拘束すると、その足で警備課の詰所へと向う。
社内への侵入は、ヴィズが社員証で扉を開けておいたために問題なく。
地上一階へは通用階段で進み、そのまま警備課の部屋へと進む。
事前情報では、この施設の警備員は四名のみ。彼らは緊急対応以外はオペレーターとして滞在し、作業や管理は全てロボットが行なっているのだ。
警備課の表札を見つけ、さらにその通用口の横に消化器も見つけた。
扉を蹴破られる。
「な、なんだ! お前は———!?」
コントロールルームの警備員はディスクに座って呑気にスマホをいじっていた一名のみ。
その者の顔面に、消化剤の詰まった赤い金属ボンベが直撃。顔に保護具はなく、鼻と前歯が砕け、顔が平坦になった。
後2人の警備員は、部屋の奥の仮眠室におり、同僚が物理的に顔を潰される音で跳ね起き、1人はすぐに対応行動に移り、ローレンシアと遭遇した。
「何が起きた!?」
仮眠室から出ようとドアを開けると、そのドアにローレンシアが体当たり。
「ぐあっ!!」
警備員は、壁と扉に半身を挟まれ、想像絶する圧力による混乱と体内に響いた肋骨の折れる音で戦意を失った。
崩れ落ちる警備員に、再びドアが叩きつけられ頭部を挟まれる。今度は
その惨状を目の当たりにした最後の1人は、手元にあった安全靴を武器に、敵を待ち伏せ、仮眠室に入ってきた小柄な覆面の侵入者に抵抗を挑む。
「貴様ぁ!」
ビュンと音をて鉄板の仕込まれたブーツが直前までローレンシアの頭があった位置を虚しく通り抜け、攻撃が空振りに終わる。
「くっ!」
ローレンシアは、攻撃を体をかがめてかわし、その体勢のままタックルを仕掛け、相手の足を払う。
「ぐあっ!」
下半身の自由を失い、空中に投げ出された身体は受け身も取れず、背中と後頭部が床に衝突し、頭蓋骨の硬い音が床を伝う。
ローレンシアは、制圧した男を更に無力化するために顔に体重を乗せたパンチを放った。
ハーフエルフの拳が、男の鼻にめり込み、その衝撃で頭部がビリアードのように床に叩きつけられ、再び硬いもの同士がぶつかる音が響いた。
ローレンシアは、男が呼気と共に血を吐くのを満足気に眺めると、拳の血を拭いながら、顔を上げた。
「他に誰がいらっしゃいますかー?」
気絶した重傷者しかいない部屋から返事は当然無い。
「人を、1人殺せば悪党、でも百万人殺せば英雄扱いらしいね」
そうしてからローレンシアは、制圧した者たちを拘束しながら、生体反応を確かめていった。
瞼を無理矢理開き瞳孔反応を調べ、眼球の破裂した者は呼吸と心音で計る。その結果、死者はまだ出ていない事が裏付けされた。
「私からすれば、神のように振る舞えるのに、格下の英雄になろうとする意味は見いだせない。君たちの生と死を主る者として、生を与えてやろう!」
生殺与奪を手に入れたローレンシアは、のんびりと背中を伸ばす。
「よーし。
その時、部屋に警告ブザーが響き、全ての照明が消えた。
「おっと…………うん。予定通り」
電気が補助電源に切り替わり、電灯が再び灯る。すぐに警報を解除する作業に移った。
この建物の防犯、火災といった警報は、人員と経費削減の一環で全てこの部屋に通達され、そこから対応が取られるようにマニュアルかされていた。
コンピュータの演算能力と訓練された人間の柔軟性を担保にし、お互いの弱点を補う堅実な防災システムだったが、“部外者が監視網を突破し、報知器の操作パネルを操作し、それに警告員が対応できない”という状況は想定していない。
結果的に、コンピュータは、ローレンシアの操作を、警報を警備員が誤報と確認した為に解除したのだと判断した。
「さて、そろそろか」
血の海と化したコントロールルームから出たローレンシアは、そのままエレベーターホールへと向かった。
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ローレンシアが、警備員を薙ぎ倒している頃、ヴィズは地下二階に降り、設備室に侵入した。
警備員用の社員証を手に入れていた彼女の行手を阻めるものは、フリーパス同然のセキリティゲートと“関係者以外立ち入り禁止”という札のみ。当然、どちらも意味をなさなかった。
そうして彼女は、この建物の生命線である、インフラ設備。電話線や電線の中継設備、水道水のポンプなどを一瞬で支配下に置くと、妨害工作に手をつけた。
配電盤は複数あったが、電線施工は樹形図と似ていて、末端ほど細かく分岐していく、どれが1番重要なのかは、電気を送っている側の電源線の太さで簡単に判断がついた。
ここに集約されているのは、メイン電源と階層毎に設置されている中継設備への送電網だ。
電線を辿り、通信設備を見つけた。固定電話や緊急回線で外部と連絡を取るためのものだ。
さらに、電線を一通りたどり、その流れで、メイン電源とは独立した電源を持った警報発令機を発見した。
無線ルータのような形状だったが、配線を介した電気的な仕組みで、この部屋にある全ての設備の稼働状況を受け取っている。
電線の特殊な施工方法からも、この装置が建物の心臓部の知覚を司る物だと確信した。これが作動を止めるとビルが機能を停止しても、内部外部から問題箇所を発見する事が出来なくなる。
ヴィズは、この機器の設備保全における重要な役割を理解した上で破壊した。
そして、ビル全体で、異常事態を完全に認識出来なくした上で、メイン電源と通信設備への破壊工作を行う。
使ったのは、社内の自動販売機で買った炭酸ジュースだ。
「……クソ。やるぞ、日本製のゴム底靴を信じてるからな」
それをシャンパンシャワーよろしく配電盤内部のブレーカーにふりかける。
それぞれ対応した一本の電線しか通る道の無かった電流に液体が掛かり、電気的に新たな通り道が与えれ、暴走した電流が配電盤の中を稲妻として走り回る。まさしく漏電だ。
バチリッ!
魔術とは異なる真っ白い閃光が放たれると同時にブレーカーが音を立てて作動し、電気の供給を物理的に断つ。
しかし、ヴィズはそれを見越してジュースを選んでいた。
液体はブレーカー内部の遮断された回路にまで染み込み、電気の逃げ道を作り、ブレーカーを無効化。
電流が熱を持ってジュースを乾燥させると溶けていた砂糖がカラメルとなり、電気の逃げ道として機能する。そして、電気の発熱に耐えかねた配電盤が発火した。
「燃えた。予想外だ……まぁ、いい」
補助電源が作動し、電灯などの表面的な設備が復旧された。
「第一段階達成。これでこの建物は陸の孤島だ」
ヴィズは、設備室を後にしてエレベーターに向かった。
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