第100話 神出
キュアアクア船内
青烏は、船室の自分のディスクから立ち、物思いに耽っているルーリナと向かい合うように腰を下ろした。
「先方から準備完了だって」
ヴィズたちの進捗状況が、サーフィスヴァズの大洋を渡り青烏に届き、そこからルーリナの元に口頭で届いたのだ。
ヴィズたち準備終えたという報告は、作戦決行の時まで、完全に存在を消した事を意味する。
電子的情報や個人記録はそもそも存在せず、手掛かりは僅かな活動痕跡のみ。そして、目的不明の不審者の足取りは完全に消えている。
第三者からすれば任務を始めたのか、始めるのか、終えたのか、すら分からないまま捜索しなければならない。
「という事で、私の任務も完了。一週間の休暇をもらうよ」
青烏も任務の完全な隠密を図るためにジンドウへの諜報活動から手を引いた。
それらの報告を受けたルーリナは、それとなく呟いた。
「なんだっけな………潜水艦の存在が露見するのは、味方に損害が出てからなんだってね」
「向こうは私たちが潜水艦だとも知らない。得体のの知れない不安じみたもの、空からくるか、地下からくるか………次の新作サメ映画を予想するようなもの。奥が深いけど無謀でしょ。
まぁ、勘づいたっぽいのはいるんだすけどね」
「ほぉ、あなたがバレたの? ヴィズ?」
事の次第を脚色なく報告する。
「偶然勘が良いのが気づいた、という感じ」
それを皮切りに、一から説明した。
「まず私は古巣でもある情報統制課の行動を把握するために資産情報管理部の部長のサーバーを監視していて、その勘の良い女を見つけた。
資産情報管理部・機密保全課の椿という女で、そこそこ頑張ってはいるようですが、今のところは脅威じゃない。
彼女の率いている機密保全課は昔の機密保全課とは違い、反企業テロの減少から課の規模は縮小され続け、人員のほとんどは地方支部の警備課かリストラで会社を去っており、現在の主要メンバーは3人。そもそも仕事自体もジンドウ内での秘密警察のような事を主にしている」
ルーリアは、物悲しそうに呟いた。
「機密保全課なんて……昔は精鋭部隊のイメージだったのにね」
青烏も、自身がジンドウに所属していた時の準軍事組織のような機密保全課を思い浮かべたが、現行の同部署は明らかに弱体化していることも確信した。
青烏は手で口を覆い、意地の悪い笑みを浮かべながら続けた。
「組織改革でもあったっぽいね。それで、この課長は頑張っているみたいだけど、残念ながら彼女は資産情報管理部の部長に律儀に活動報告いれてくれている」
ルーリアに意地悪な笑みが伝播。
「あらあら……それはご愁傷様ね」
咳払いで、青烏が話を続ける。
「えぇ。彼女はとても正確に自分がどんな手がかりを掴んだのか、私たちにも教えてくれている。
椿は、裏瀬に止まり脚で情報を追っていて、その部下は名古屋支部の警備に派遣されています。勘はすこぶる良いようですが……。
私たちは常に
満足気に頷くルーリナ。
「じゃあ、問題は無し。私たちの計画は慣性誘導の段階なわけだね」
「はい。正にその通り。今までと同じで、計画は誰のコントロールも受けず、
報告を終えた青烏は、席から腰を浮かせながら小話を思い出す。
「そう言えば、件の椿という人物には、あだ名があるそうです。当たれます? ヒントは、
ルーリナが目を丸くして反射的に無作為な返答をした。
「…………がーすー……とか?」
不覚にも青烏は吹き出しながら、答えを述べる。
「ふふん。………違います。カンツバキ。寒椿です。どうやら1番最後まで喰らいつく、諦めの悪さから、冬に咲く花ぬなぞらえてついた名前らしいですよ」
青烏はそう言いながら、なかなかの皮肉だと内心でも笑った。
ルーリナと椿、吸血鬼と花の名を関する女どちらも往生際は悪そうだと。
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ヴィズたちの報告から四日後。青烏と潜入中のヴィズの計画がひと段落いたと同時に狗井とキーラの出番が回ってきた事になる。
ジンドウの名古屋支部への合法的で歓迎的な来訪に備え、一度ロシアに渡り段取りを整えつつ、自分をロシア人商人として見せようと努力に励んでいた。
「私はロシア人。ウォッカを愛し、侵略者に強く、その逆の場合は愚連隊止まり………ごり押しが得意で、ウォッカをこれでもかと愛してる。ちょっと前までは宇宙と外国に手を伸ばす事も出来た………」
スーツを着込み髪を黒く染めて、鏡の前で自身にそう言い聞かせている。
そんな彼女の横には、護衛と通訳として偽装された狗井はそれを漆黒のバイザー越しに眺めていた。
「…………英語で言ってたら意味がないだろう」
キーラは、カラーコンタクトで灰色にした目で睨んだ。
「……一方、ソビエトロシアでは、英語が人民を………」
冷戦期のジョークもキレは最悪。
黒一色で統一された狗井の義手が滑らかに何かを掴む真似をした。
「……新しく舌が無い設定を盛り込んだ方がいい。………あんたがお願いするなら引っこ抜くけど?」
「舌が二枚になったら、ローレンシアさんの個性を奪っちゃうじゃないですか」
「…………あのタイプは1人でも多過ぎる」
キーラは改めて鏡を見つめ、無表情を作る。ロシア人は愛想笑いをしないらしいからだ。
「そもそも私って裏方役じゃないですか、バットガールをやめた後のバーバラ・ゴードン的な立ち位置なんですよ。まぁ、向こうはたまに復帰しますけど」
「………
鏡から目を逸らさずに、狗井の顔の前に指をピンと立てた
「はっはー。吸血鬼差別ですか、今のアメコミ界隈では受け入れられるませんね」
真っ黒で凹凸のないバイザーに吸血鬼の手が反射する。
「……惨めな役だ」
ネクタイを整えるキーラ。
「誰のことです?」
「………もういい。口が疲れた」
「声帯が顎のパーツの不具合ですか? 調整してあげますよ?」
「………………はぁ………」
護衛用ロボットには無い、人間のような、落胆がこもったため息が、キーラに狗井の感情を悟らせる。
「………あ、はい。言わなくても分かります」
キーラは鏡で、髪を整え始めた。
「……名古屋についたら——」
その中で、狗井と必要最低限の確認は済ませておく。
「ジンドウに招き入れられて、そこで最深部に突撃する」
「ヴィズさんたちの作戦が成功した瞬間に、ですよ。
やる事は強盗ですがクールにキメます。ヒートのような荒々しいクールさじゃなくて、オーシャン11のような緻密なクールさです」
髪を整髪剤で撫でつけ、少なくとも努力は形として表れている。
そんな彼女を見ながら、狗井は自身の背を撫ぜ、背中に格納された鉈刀を確かめた。
「それはあんたの領分だ。あんたがミスを犯した時に私の領分になる。その時は“出合え、出合え”だがな」
「あははっ。本当に言ってくださいよ?」
2人はスーツケースとトランクケースを持ち、出陣の準備を整えていた。
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