第99話 Red Fracion

 ジンドウの警備部のステッカーの貼られた商用バンが裏瀬に入り、路肩に駐車した。

 タイヤがブレーキロックされると、ハザードランプが灯り、作業中という文字が車体側面のの電工パネルをぐるぐると周回を始める。

 そして、椿率いる機密保全課は行動を開始した。


 彼女たちは、警備部から拝借したガス圧式の暴徒鎮圧銃の電子ロックの解除を行い、バンの車内に敷き詰められた器材を鵺が操っている。

 その傍らで、近藤はキャンパス地の袋から小型のドローンを取り出していた。


「鵺さん。これ本当に投げていいんすか?」


 近藤が訝しみながら魚型の本体に薄い羽根をねじ込んでいくとトビウオに似たシルエットのドローンが完成する。

 頭には姿勢制御用のジャイロユニット、腹部にはいくつかのレーダーとカメラを備え、尾部には二重反転型のプロペラを備え、羽と背には高効率太陽光パネルが黒く光っていた。


「大丈夫。空に向かって真っ直ぐ投げるだけ、そうゆうものだから」


「そうゆうことなら……」


 近藤はドローンを槍投げのフォームに似た構えで持ちぶん投げた。

 ドローンは、サイボーグの筋力でまるで空母から発艦した戦闘機のように空に躍り出でると、一瞬降下するような挙動を見せてからプロペラが推力を、羽が風を掴む。


「おぉ、飛んだ!」


「言ったでしょう………飛行制御問題なし、データ送受信問題なし、光学迷彩オン」


 椿は手で影を作りながらドローンを目で追っていたが、機影は映像投影迷彩を使い空と見分けがつかなくなった。


「本当に消えたみたいね」


 ドローンの名前の由来は、プロペラの生み出す羽音が蜂の羽音と似ている事からついた名称だが、ジンドウ製のこのドローンは、高い揚力を生むデザインと反転して回る2つプロペラによって、非常に高い静音性を持っている。

 このドローンの主目的は、偵察と追跡だ。

 上空からありとあらゆる建物の窓に非可視光のレーザーを照射し、ガラスが声の波長で震えているかを計測し、それによって室内での人の有無を計測。また、備えられたカメラは道行く人々の容姿、歩き方を計測する事が出来るうえに、そのデータは機密保全課のサーバーに送られ、住所などの個人情報と裏瀬周辺の監視カメラ映像のデータと照合されて、エリア全体で誰がどこにいるのかを測定する事が出来る。

 

 飛行経路の確認を終えた鵺がバンから顔を出した。


「後1時間もすれば、ドローンから送られてくる、レーザー式盗聴音声と熱探知カメラ映像に、予め収集した監視カメラの映像を照合出来ます。この区画にいる全ての人間の行動を追跡出来るようになります」


 鵺の制作した捜索プログラムは、膨大な量の情報処理能力が求められたが、その手の電子部品に関してはジンドウは専門分野だ。

 それがスパイ活動や軍事転用を想定されたドローンの才能を完全に引き出し、究極の人狩りシステムとなっている。

 

「探すのは2人だけ。小柄な女とダークエルフよ」


「ここに潜伏していれば、時間の問題です」


 鵺が自信に満ちた宣言を裏付けたのは、現在進行形で判明していく裏瀬せのもの行動パターンからだ。


————————————————————


 ドローンが情報を集める間、椿と近藤には出来る事がなく、椿は缶コーヒーを片手にバンの後部に腰掛け、近藤は車体に体を預けた。


「………相変わらずこの辺は酷い有様だ」


 それとなくゴミだらけの地面を見ると、至る所にタバコの吸い殻も落ちている。

 椿もポケットのタバコケースに手を伸ばしたが、箱を取り出す前に手を止めた。


「ここは犯罪者の天国ですね」


 近藤がそう言いながら電柱を指差す。そこには無惨に破壊され、支柱から電線でぶら下がっているカメラがあった。 


「えぇ、ここは監視カメラの可視率が特に低い。未解決事件がいくつも出てくるかもしれない」


 椿が他のカメラも確認しに行ったが、どこもかしこも壊され、それを誇示するようなスプレーアートが散見された。


「そういえば、つい先日もこの近くで喧嘩から発展した殺人事件があったっすもんね」


 近藤も家の外壁、電柱に所構わず貼り付けられている褪せたポスターを物悲しそうに眺めていた。


「どうなのかね。都心部だと若者が死んで、郊外だと老人が死ぬ。この辺だとその汽水域なのかな」


 どこかの家屋からはラジオから競馬の実況がながさらていて、相対的に他の生活音が無くなったように錯覚させられる。


「変な奴に絡まれたら、課長は俺が守りますよ」


 そう言ってシャドーボクシングを始める近藤。

 椿はそれを分かりやすく鼻で笑った。


「頼もしいじゃん」

 

 ふと耳を覚ますと鳩の鳴き声まで聞こえた。


「犯罪者やこの辺で一日中酔い潰れてる人間と、私たちの差ってなんだろうね。舞台は同じなのだろう。だから役柄が違うのかな」

 

————————————————————


「椿さん。見つけました」

 

 小一時間ほどの現場待機の末、朗報が届いた。


 「この通りの裏のホテルに該当人物が利用した痕跡があります」


 鵺は、椿に報告しながら対象の建物がチェーン店のホテルである事を確認。顧客情報と宿泊部屋を割り出すためにサーバー攻撃を開始した。


「近藤。行くぞ、現場突入だ」


 椿と近藤はガス圧銃を肩に吊り下げ、通りを横切った。


 通り越しに建物を見つけ、そこへ向かう最短ルートで裏路地に差し掛かる。

 早足で歩く椿の後ろに近藤の重い足音がぴたりと張り付いている。


 前方に意識が集中していると、背後から轟くような金属音と人の叫び声が届いた。


「うぉっ!!」


 咄嗟に伏せながら捕具を構える椿の目に、上半身しか無い近藤の姿が写る。


「こ、こ、近藤!?」


「痛てー……。大丈夫っす。マンホールが空いてたみたいで。お騒がせしてます」


 近藤は、地面に空いた穴から這い出し、片手で重いマンホールの蓋をしっかりと閉じ直した。


「すいません。お騒がせしました」


 椿は、頬を緩めかけたが、気を引き締めて口を真1文字に結び、自身に、状況が緊迫していると気を引き締め直し、タイミングよく通知が届いた。


「椿課長。怪しい人物が宿泊しているの二階の北3部屋め、213号室です……ドローンの情報からすれば、誰かは部屋にいるようです」


————————————————————


 椿たちは排除する障害はなくスムーズにホテルの玄関ロビーに入る。

 明るい内装と、受付カウンター。待合室があったが利用しているのは受付係の従業員2人のみ。近藤かその2人を抑えた。


「ジンドウの者です。少し協力をお願いします」


 大企業勤めの武装した巨漢の申し出に、安月給の従業員たちは、二つ返事で大人しくなマスターキーを渡し、休憩室へと誘導された。

 一階を制圧した2人は2階へと駆け上がった。

 椿たちは、2階廊下の突き当たりを左に折れ、目的の部屋に向かう。


 そして、213号室の前に業務用の大型掃除ロボットが停められている事を認識した。


 その瞬間。椿は吐き気を覚えた。取り逃した事を悟ったのだ。


「近藤。機械を止めろ!」


 椿は駆け出し、怒号に近い命令を下しながらロボットを踏み越えると、部屋のドアに手をかける。

 オートロックでドアノブは動かない。


「チッ!」


 カードキーを挿すだけ開くドアノブに対し、椿はドアに真上から捕具の銃床で殴りつけロック機構そのものを叩き壊した。

 その勢いのまま扉を蹴破り、寝室と浴室だけの小さな部屋に突入。


「してやられた……」


 部屋は既に清掃され、毛のたったカーペットとシワの無いシーツが次の客を待っている。

 浴室も同様に綺麗にされていた。


「近藤! ゴミタンクは漁れるか!」


「椿課長。このロボット……内部焼却炉内蔵っす!」


 その返答と共に、廊下から爆発音と炸裂音が響き、部屋の中まで煙と焦げ臭い臭いが漂う。

 近藤が、自慢の腕力でロボットのボディフレームを叩き割り、内蔵されたゴミ焼却機能一式を引き摺り出したのだ。


「ダメっす。燃えカスしか残っていません!」


 椿は、共同無線を開いて冷静に部下に命令を下した。


「振り出しに戻ったよ」


 落胆の声が伝播するなか、椿はもう一度部屋を見回す。

 チリ一つない部屋に残っていたのは微かなラッキーストライクの残香だけだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る