第67話 狂ったハーフエルフと病んだダークエルフ

 

 同じ様な仕組みの部屋に、数十分前と同じように吊り下げられたローレンシア。


バシャ。


 そんな彼女に、バケツ一杯の冷水が浴びせられ、水滴が金属のような冷たい銀色の髪と、色の白い四肢から滴る。


「うわっ! 何!?」


 放り投げられたバケツが大きな音を立てて床を転がり、ヴィズは素早くローレンシアの背後に回り、リボルバーを構えた。


「目が覚めたか?」


 はっと顔をあげ、辺りを見回すローレンシア。


「パールフレア。私は魔力で空間を把握できる、後ろに逃げても無駄だよ」


「弾は避けられないだろ?」


 ヴィズは全く動じず、リボルバーも急所を狙い続けた。


「パールフレア。まず賛辞を述べたい。ただのエルフにここまで痛めつけられて……負けたのは初めて。あなたは強い。強すぎるよ」


「そいつぁ、どうも。何を企んでるやらね」


 ヴィズは、タバコを咥え火をつける。


「ちょっ……ゲホッ、それやめて、ゲホッゲホッ。生き物の接していい物質じゃないよ」


 ヴィズは、嫌がるローレンシアを面白がって、吸った煙を吹きかける。


「ゴホッ! ゲホッゲホッ! い、いい加減にしてよ! それ、本当に毒!」


 ヴィズは、少し頬を緩めてまた同じ事をしようとしたが、やめた。

 直感的にローレンシアが演技をしているように見えたのだ。


「…………もうしない? もうしないよね?」


「あぁ、謝るよ、いじめて悪かった」


「…………勘も鋭いのね」


 ローレンシアは、タバコの煙がかかるのを嫌ったが、嗜虐心をくすぐるような行動は取らなくなった。


「ねぇ、パールフレア。あなたは意地悪だけど、私に勝った。だからね、この拘束を解いてくれた1発殴るだけで許してあげる」


ヴィズはローレンシアの誘いを断った。


「ルーリナに相談してみるんだな」


「パールフレア。聞いて、ルーリナは私を殺すつもりなのは知ってるでしょう、しかも冤罪でだよ?」


「ふん。無実の罪で人を殺すのなんか慣れてる。それに、あんたこそ信用できるわけがないじゃない」


「そうなんだよね。私は、あなたたちから逃げきれなかった。それが1番の落ち度。

 でも、なんでさっさと殺さないの? あなたは分からないけど、ルーリナは拷問の趣味はないはず、少なくとも200年前は……」


 ヴィズは、ローレンシアに自分の雇い主がこの危険極まりないハーフエルフの処分に迷っている事を告げる気はない。


「さぁな、ベストな処刑方法で悩んでいるんだろうよ」


 ローレンシアは笑う。


「ねぇ、あなたみたいな筋金入りの戦士が、そんなを言うという事は……ルーリナが?」


「……」


「ふーん。脈が上がったね」


 ローレンシアは、ヴィズが自分をまず殺す事が無いと看破。


「ねぇ、あなたがさ、私の無実を証明するチャンスを与えるようにルーリナに掛け合ってよ、私が逃げる心配があるなら、あなたがピッタリくっついてくれてもいいし、なんなら鎖で繋がれてもいいからさ」


「チャンスを与えるリスクが大き過ぎるんだよ。お前なら鎖か私を簡単に引きちぎるだろうしな」


「確かに、私はあなたをこの手で引きちぎれる。ただ、それをやるつもりは無い」


 ヴィズは、ローレンシアと話していて、ふっ職業病のような自滅願望、アドレナリン中毒者のような綱渡をしてみたい、病的な思いつきを抱いた。

 

「………私もあんたを称賛したい。タフで、洗練された破壊力と壊滅的な戦闘能力。個人の戦力として捉えるなら、私や狗井どころか、ルーリナにすら凌駕してる」


「えへへへっ、照れちゃう」


 ヴィズは、銃をホルスターに戻し、ローレンシアの正面に立った。それどころか、不良が喧嘩を売る時のように距離を詰め、鼻同士が触れそうなほど近く、お互いの鼻息が頬に触れ合った。


「それが今や、私に媚びを売ってる。本当にがっかりするね」


 ヴィズは、鼻から二筋のタバコを噴き、ローレンシアがそれを嫌悪し、眉間に皺がよる。


「まず私は、エルフ族として、人間に体を売ったお前の親を軽蔑する。まぁでも、いざとなれば誇りなんか捨てられるから、お前のような醜い雑種が産み落とされたわけだ」


 ヴィズの話を聞いて、露骨に目が鋭くなるローレンシア。

 ハーフエルフの複雑な調和で生まれた綺麗な顔と神秘的な紫色の瞳に、ヴィズですら背筋に悪寒が走るような敵意が宿り、それがさらにヴィズを楽しませる。

 

「なぁ、雌犬のガキさんよ、私がお前の話で1番気に入ったのは、お前の親が苦しんで死んだってくだりだ。因果応報、勧善懲悪ってやつだ」


 ヴィズは、タバコを強く吸うと、体を逸らす事でしか抵抗できないローレンシアの顔を掴み、目を開かせると、煙を吐きながら笑いかけた。

 

「どうせ治るんだろう?」


「何をするの?」


 ゆっくりとローレンシアのアメジストの色の眼に、火種を近づけ、彼女の長いまつ毛が焦げ始めた。


「ちょっと、パールフレア??」


 眼球や瞼は既に熱を感じているだろう、困惑するローレンシアに対し、ヴィズはドス黒い残忍さが心に湧き出すのを感じていた。異常と認識しながらも、ローレンシアの悲鳴を聞きたい衝動に駆られてゆく。


「パールフレア。度が過ぎてる」


 タバコの火がジュウウと音を立て、消火された。

 

「お前………」


 ヴィズの手、ローレンシアの顔、全てが降り注いだ血に飲み込まれた。


「本当にその臭いが嫌いなの」


 ローレンシアは、拘束されたいた自身の腕を引きちぎり、その傷口からの血でタバコの火を消した。


「パールフレア。これがね、絶対的強者の余裕。

 あなたたちが私をどうするか、私こ思い通りに動いてやるかどうかは、私が決めるの」


 ローレンシアが千切れた腕と手を合わせると垂れていた血は逆再生の映像のように傷口へと戻り、腕が接合していく。


「ははっ、イカれてる。ルーリナはあんたを服従させたいわけじゃないんだな。扱いきれないから対処に困っているのか」


「人は人を理解できない。それならお互い距離を取りましょうよ? ルーリナに私を解放するように掛け合って?」


「私に出来る事はそう多くない」


 ローレンシアは、その気になればいつでも逃げられると確信したヴィズは、そのリスクも兼ねてルーリナに進言する事を考えた。


「まぁ、あんたを殺そうとするリスクも考えてもらうように掛け合ってやるかな———」


 その時、照明が落ち世界が闇の底に沈んだ。


「あら、なんというか……その必要なそうね」


「よせっ! ローレンシア!」


 視界の効かない暗黒の中で、ヴィズは、金具の弾ける音を聞き、咄嗟にリボルバーを手に取るがそこで押さえられた。


「約束は、約束だ。殴るのは1発だよ。耐えてね」

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