第66話 断罪の鉄拳

 ヴィズがモニター部屋に戻った時にちょうどルーリナが裁判と名乗る尋問を開始したので、ダークエルフは部屋の奥で壁にもたれかかって場を見守った。


 ルーリナが質問。


「1823年。貴女は、一国の魔導学、錬金術及び近代科学の総監督者の立場にあったと認めるよね?」


 ローレンシアは、だらりと弛緩した姿とは対照的にしっかりとした口調で答えた。


「えぇ、あなたにお願いされてね」


 ルーリナは毅然と次の質問を問う。


「その時、当時英国との戦争において魔導兵の総司令官の立場にも就いていた」


 ハーフエルフが鼻を鳴らした。


「えぇ、あ、な、た、にお願いされてね。そして、英国王下魔導兵団及び、英国連邦重装魔導騎兵団を撃破した」


 ルーリナは、背中側で手を握り、表情も態度も変えなかった。


「つまり、貴女はにおいて、全ての実務的な科学力を支配していた」


 ローレンシアは、とにかく相手を馬鹿にした態度を取り続けた。


「支配じゃない、あんたに任されて“管理”していた。でしょう。それだと何か都合が悪い?」


 ルーリナは、背中で握られた拳により一層力を込める。


「じゃあ、私が炭化病の兵器化を命じたと言うの?」


 ローレンシアが、一瞬態度を崩し狼狽える。


「…………英国との戦争に備えて軍備拡充の許可は得ていた」


 ルーリナの口調は変化しない。


「確かに人材の引き抜きは許可したと思ったけど、兵器開発は———」


 ローレンシアがルーリナの言葉を遮る。


「あんたは言及してない!」


 今度はルーリナがローレンシアを挑発するように鼻を鳴らした。


「ふん。確かにね。でも、あなたお手製の炭化病ウィルスを英国で使用する計画は却下しているよね?」


 ローレンシアは、一瞬黙り、今度は狂ったように笑い出した。


「あっはははは! 分かった! あんた、私が炭化病をバラまいたと思ってるのね」


 ルーリナは、感情的になったローレンシアに対し、淡々と返答する。


「えぇ、正直に言うと確信してる。あなたはアレを熱心に研究していたし、敵国で流行させる方法やその効果まで研究していて、その肝入りの計画を私が否定したからね」


 ローレンシアの大笑いが演技だったように収まり、静かに呟いた。


「阿呆。私はあの研究の第一人者でもないし、唯一の研究者でもない」


 ルーリナは、その言葉に言葉のメスを入れる。


「じゃあ、何? あのタイミングで他の者が流行させたと言うの?」


 ローレンシアが自嘲するように笑い、頷いた。


「信じてくれないだろうけど、その通り」


ルーリナは小さくため息をつく。


「信じれないよ。だって、それなら当時、ちゃんと否定すればよかったはずだもの」


 ルーリナの嘆きに似た言葉に、ローレンシアは笑い噴き出した。


「あはっ。何を言ってるの? 麗しきルーリナ閣下の王国に、まともな裁判が開かれた事はなかったでしょう?」


 ルーリナは、平坦な口調で弁明。


「殺人と強姦以外は、基本的に生産力を奪わない程度の私刑を行う事を黙認したけど………効果は高かったでしょ」


ローレンシアはなおも笑い続けた。


「治安は良かったけど、それは数人の権力者が真実を捻じ曲げて好きな時に好きな人を殺せたからだ」


ルーリナがため息をつく。


「真実をでっち上げて人を殺してたのはあなたの方だ。

 そんなふうだから、自分も殺されると思い込んだのでしょう?」


ローレンシアが、笑顔を見せたが、これは作り笑い。


「だってさぁ、ルーリナ・ソーサモシテン、アリス・スカレッタ、ラトー・パリダ、ハンス・アンデルセン。全世界共通敵に回しちゃいけないランクのトップクラスを全員敵に回しちゃったんだもん。誰も信用できないから、一人で逃げた。あの誰かさんの為だけの理想郷くらね」


ルーリナは心底呆れたように肩を落とす。


「はぁー。議論の余地は無い。それとも無罪を証明できる?」


 ローレンシアは、手が自由なら顎に指を添えてあざとく考えるフリをしたのだろう。


「うーん。無罪でも死刑にはなっちゃうからなー。そうなると絞首刑? 私が、床から少しずつ吊り上げられて、もがくのが見たいんでしょう?」


 ルーリナは、ローレンシアの戯言を否定する。


「そんな方法でやらない。それともあなたの願望?」


 ローレンシアは無表情で答えた。


「そうね、じっくりと苦しめるのはエルフ嫌いなアイルランド人ギャングのやり口。私の母と父を殺したようにね」


ルーリナはこめかみを押さえながらローレンシアに尋ねる。


「同情でも引こうというの?」


ここで、ローレンシアは素の笑みを浮かべた。


「んーん。時間稼ぎ……これにて完了!」


 ボンッ!!


 どこかで何かが爆発し、照明機器が一気に弾け、ハーフエルフを移したモニターも爆発した。


「な、何?! アオ、何が起きたの!?」


 青烏は、即座にタブレットを手に取りシステムチェックを行う。


「ッ!………。過電流。ルー。あなたの友人がブレーカーすら絶縁崩壊させてしまような電流を流したようね」


 冷静さを取り戻しごく僅かな光で物が見える事を思い出す吸血鬼の2人。

 青烏が冷静に状況の変化を報告した。

 

「保護回路、作動します」


ブーン。


 電気が復旧し、非常用の赤い照明が灯り、個別の保護機能を持っていたコンピューター類は機能を維持していた。


「アオ。ローレンシアを見たい。シャッターを開けて、あなた達はパニックルーム避難室に隠れて」


 青烏は、タブレットを操作すると、ローレンシアの隔離部屋とルーリナたちの制御室の仕切りが巻き上げられていき、2つの空間が強化ガラス一枚で隔てられた。

 シャッターが上がるまでに青烏、キーラは退避し、モニター室にはルーリナと狗井が残る。


 この時、部屋から忽然とヴィズが消えた事には気がついたが、キーラほ右脚が軽いことには誰も気がつかなかった。


————————————————————


 魔力を遮断していたシャッターが開くと、

拘束具を破壊し、自由の身になったハーフエルフの背中が映る。


 彼女は、ルーリナの方を見返り、ウィンクをした。


「じゃーね、また会いましょう。ルー」


「ローレンシア!!」


 勝ち誇るように口角を上げ、無理矢理に部屋のスライドドアをこじ開けるローレンシア。


「——おっ!?」


 悠然とドアを開け放った彼女は、そこで豚の鼻のように銃身二つも並んだ武器を突きつけられる。その銃口は、最近切断されたらしく金属加工の白い筋が何本も斜めに走り、雑に角を削ってある。


「あ、あはは、確か……」


 それを持っているのは、ローレンシアの逃走を察知し、キーラのショットガンを盗んで、監禁室の出口に先回りしていたヴィズ。


「パールフレアさんですよね……————」


 ダークエルフは、2本の引き金を同時に引いた。

 2発の散弾が同時に放たれ、ハーフエルフの腹部に命中。

 その威力は劇的で、ローレンシアの身体は後方に吹き飛ばされ、強化ガラスにヒビを入る勢いで叩きつけられた。


 ヴィズは、強烈な反動を受けた手を労わりながらガラスからずり落ちるローレンシアに迫る。


「ったく。このクソ女。ギネス級の往生際の悪さだ」


 ゴフッと血を吐き、歯をまだらに赤く染めながら笑うローレンシア。


「ははっ。褒められちゃった」


 ヴィズは、無言でソードオフ・ショットガンで殴りつけ、沈黙させた。


 ヴィズに、スピーカー越しのルーリナが震えた声が聞こえた。


「あぁ、ヴィズ。殺したのね……」


 ヴィズは、その声を無視して、ショットガンの機関部を解放させ、2つの空薬莢を取り出す。


「キーラに言って、銃は殺人の道具だって」


 ヴィズが投げ捨てた薬莢は、青いプラスチック製で、その刻印には“暴動治安用”、“非致死性岩塩弾”と記されていた。

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