第55話 バトルドレス

ルーリナの計画した作戦はシンプルだった。


 作戦行動中はルーリナがチーム全体の指揮を執り、シエーラとその傭兵たちにヴィズが加わった部隊が地下墓地を襲撃。青烏とキーラは情報支援や周辺地域の監視を担当することを分担し、突撃部隊のバックアップ。二の矢として、狗井を狙撃手として配置するというもの。


「まず、これがバーモント・モンロー墓地の地図と教会の設計図」


 そう言って、幼い容姿の吸血鬼は、壁一面にプロジェクターを投影した。


「建物自体はプロテスタントの造り。鐘楼があって、参拝者ようの長椅子があって、祭壇があってという具合。戦闘前のお祈りは手短に、ね。

 ただ珍しい特徴として、鐘楼の階段から地下に3階分の墓地がある。で、この地下3階が制圧目標」


 ルーリナがプロジェクターを操作し、映像が地下階層の見取り図へ切り替わった。


「幅10mの奥行き20m。縦に三つ、横に7つの通路があって、碁盤目状の配置、それぞれ……板チョコみたいな飛び地部分で石櫃が並んでる」


 ヴィズを加えたシエーラ配下の傭兵たちは、皆が同じく遮蔽物と死角の多い閉所と認識。

 そして、ルーリナはさらにプロジェクターを操作し、部屋の奥の壁を写す。


「この壁。この裏に、隠し部屋として、対象ターゲットの工房があるとして間違いない。

 根拠として、この壁には複合言語術式の魔法陣と1800年前後に魔力で接合されたモルタルが使われている点」


 そこでヴィズが手を上げ、無理矢理に質問をねじ込んだ。


「その魔法陣の効果は?」


「あー………分かってない。えーっと、アオ?」


 ルーリナは青烏に助けを求め、情報収集の専門家は、手元のタブレットに資料を呼び出した。


「解読不能。使われてるのは英語、フランス語、ラテン語にキリル文字にエルフの言葉で……」


「で、効果は? ストリートアートじゃないんだろ?」


 ヴィズの詰問に、渋い顔をする青烏。そこにシエーラが割って入った。


「パールフレア。効果は分かってないけど、魔法陣の無効化方法は知り尽くしてるでしょう?」


「“脱字”させてやればいい」


シエーラが場を収め、次にルーリナが写したのは、具体的な行動の資料だった。


「対象は、魔力に対して非常に敏感という点を留意し、奇襲効果を狙ってこの壁は物理的な爆薬、指向性のプラスチック爆薬による高精度爆破で取り除く。担当はイザベラさん。その補助にチャックさん」


 気の強そうな小柄なフランス人の女が頷き、長身痩躯のアイルランド人が手でOKのサインをした。

 そんな話の途中、キーラがヴィズに話しかけた。


「破壊行為はヴィズさんの専売特許のはずじゃないですか」


「人を爆弾魔みたいに言わないで、あのイザベラって女も、壁を壊すくらい出来るでしょう」


そう言いつつ、タバコを咥えるヴィズ。


「ふん。むしろ楽ができた——っ!?」


  咥えたタバコを、ジャンガロが素早く奪った。


「おい、美人さん。ここは火薬だらけなんだぞ」


 その巨体から想像も出来ない素早さと真っ当な正論に苛立つヴィズ。


「チッ。咥えただけだ。返せ」


 ヴィズは、ジャンの手元からタバコをひったくり、不貞腐れたように座り直し、作戦会議に戻った。


「えー、“坊やたち”。よく聞いてね。プランAは、壁破壊後、奥の空間を制圧して、対象の確保。

 実弾は使用可。ただし、目的は対象の生捕なので、撃っていいのは対象の下腹部、重量中心にのみ許可する。これは、対象が自身の身体にも魔術で強化していて、非常に強靭なタフネスを持っているための適切なだ」


 傭兵の1人から質問の手が上がったが、ルーリナはそれを後回しにして、さらに続けた。


「プランBは、閉所内での戦闘が不利だった場合。地下から撤退して、教会正面の広場まで誘引して、狗井と私を加えて、確保に映る」


 ヴィズは、画像から目を離さずに狗井に尋ねた。


「じゃあ、プランCは私たちが全滅したら、あなたとルーで行うって感じ?」


 狗井は、皮肉を言うつもりで不器用な笑みを作った。


「ふん。その通りだ。安心して逝ってくれて構わない」


 ヴィズはつまらなそうに呟く。


「閉所なら白兵戦向きのあんたの出番じゃないの?」


 狗井は、少し勿体つけてヴィズにちょっとした自慢話を始めた。


「……バックアップだ。ルーリナ様は、私に50口径のスナイパーライフルを与えて下さった」


 ヴィズの反応は、珍しく狗井の期待したものに近い。


「50口径……! 人に当ればバラバラになる。相手をなんだと思ってるの? アフリカゾウ?」


「それがな、パールフレア」狗井は少し嬉しそうに頬を緩めた。


「耐久力だけで言えばゾウなんてめじゃないらしい」


————————————————————


「作戦の次は戦術ね」


 作戦会議の後、シエーラはそう言いながら弾を詰めたアサルトライフルの弾倉を机に置いた。


 ルーリナの作戦会議が終わった後、傭兵たちは、長テーブルの下で膝を突き合わせ、山積みにされた銃弾を弾倉へと詰めていた。

 電球のぼんやりとした明かりで真鍮製の薬莢がキラキラと金色に光り、無数の手が工場のライン作業のように弾をつまみ取っている。


「L字に並んで撃ちまくる。単純が1番」


 ヴィズは、タバコの吸えない事と弾倉5個に合計100発の弾を手で押し込まないければならない作業に苛立っていた。


「さすがGI米兵。ばら撒いて祈れってね」


 爆発物の専門家イザベラもカチカチとリズミカルに弾を込めながらあざわらった。


「俺は好きだぜ、そのやり方」


 ジャンガロは、ガラガラ声で笑う。

 ベスト中のポケットにショットガンの赤い薬莢を差し込んだ格好で、この仕事で相棒に選んだトレンチガンの動作を確認していた。


「私も好きですね。アフリカ人の戦い方ですから」


 ザンギトーもショットガンの予備弾を体中に巻きつけた後、仲間のためにライフルに弾込め作業を手伝った。


「おい、怠け者のザンギトー。口じゃなくて、手を動かせ」


 ヴィズを手伝うザンギトーに対し、その対角に座り既に弾入れを終えたチャックが茶化す。

 ザンギトーは、表情筋を目一杯使って不機嫌そうな顔を使ると、アイルランド人を睨みつけながら脅威的なスピードで弾を込め始めた。


「いちゃつかないの。2人とも」


 シエーラは、笑いながら5個の弾入り弾倉を積み上げ、肩の緊張を解す。


「まず地下に階段を降りる以上、一列になるから、先鋒は爆薬を取り付けなければならないイザベラがチャック。その援護に回るザンギトーとジャンガロが真ん中ね。殿しんがりは私かパールフレアね。

 ……そう考えると、確かに爆破から隠し部屋までの突入はL字になるかしらね。

 突入後はCQB近接戦闘の教本通りの室内制圧でいいでしょう」


————————————————————


 全員が弾込め終わり、テーブルから小銃弾が消え、それを見計らいってキーラが拳銃弾を運んできた。


「私たちは45口径。38はパールフレアだけ」


「分かりました、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 キーラは、45口径と書かれた赤い紙箱をテーブル置き、ヴィズの目の前には緑の紙箱を置いた。


 箱にはスナイパーライフルの十時線のイラストと50口径弾と記され、長大かつ巨大な弾丸が収められていた。


「キーラ、これ50口径弾よ」


 ヴィズは大口径弾を掴むと、中から火薬の動くサラサラという音が聞こえる。


「ごめんなさーい。あれそれ火薬も少ないんじゃないですか?」 


「いや、これはこうゆうもの。爆発エネルギーと燃焼速度の関係でね。さっさと交換して」


 そして、交換で渡された38口径の拳銃弾を可愛らしいほど小さかった。


 シエーラは、初期型のコルト1911をテーブルに置き、その弾倉3つに弾を込め始め、他の傭兵たちは、皆ブローニングハイパワー拳銃に同じように弾を入れていた。


 シエーラがこのオートマチック拳銃を好むのは、その100年も使われて続けているその圧倒的な信頼性から。

 他の者たちも、同じ機構で、より装弾数の多い、現実的なオートマチック拳銃を選んでいた。


 その一方で、1人リボルバーを取り出すヴィズ。


「パールフレア。なぜリボルバーにこだわるの?」


 リボルバー用の装填具スピードリローダーなど無く、ヴィズは、手で回転弾倉に弾を込めると、残りの弾を服のポケットに放り込んだ。


「まぁ、ジンクス。壊れにくいでしょう」


 カチリと迫り出していた弾倉を戻し、カチカチと歯車が噛み合っているかを確認するヴィズ。そんな彼女に傭兵の1人が異を唱えた。


「今のヤツは、ほとんど壊れないぞ? ちゃんと礼節を持って扱えば100%命を預けられる」


 ヴィズは、気恥ずかしそうに目を伏せる。


「笑わないでよ。従軍時代に、ベトナムで駐屯してた前線基地が大襲撃を受けて、陣地防衛の真っ只中で、支給されたコルトを田んぼの中で泥塗れになったまま使って壊した」


 傭兵たちは「当然だ」と笑いを堪えながら呟いた。

 


「排莢口に薬莢が引っかかってさ、これが何をしても取れなかった。すぐ目の前には銃間付きのライフルを持った奴らがイワシの群れみたいに迫っているのによ」


シエーラが「ライフルは?」と尋ねた。


「いやぁ、M16ってさ、採用されたばっかの時は、次世代火器でメンテナンスフリー整備要らずだって聞いてたの」


「あ、オチ分かった。でも言って」


 シエーラに同調して、何人かが相槌を打つ。


「変に暴発して、何もできなくなった。ストックの付け根からリコイルスプリング飛び出して、コメディ映画みたいな壊れた方だった」


 何人かが肩を震わせているなか、ジャンガロが突っ込む。


「で、若き女ランボーはどうやって、その大激戦を戦い抜いたんだ?」


 ヴィズは、懐かしそうに呟いた。


「空の騎兵隊。航空支援部隊が来るまで、迫撃砲弾を投げまくった」


「ふふっ。なかなか面白い話ね。

 戦争に行けば、100万の最悪な記憶と1つ2つの武勇伝を得られるからね」


 シエーラの一言に一同が苦笑いを浮かべた。

 ヴィズも陰った笑みを浮かべた。


「兵士と話すのも悪くない」


「私はこれでも衛生兵だからね」


シエーラは意味ありげに見つめ返した。

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