第46話 違法な武器

 パリの北外れのレンタルガレージ。EU諸国は車での往来が盛んの為、この手の物件はホテル同様にそこらじゅうに点在していて、愛車の点検や旅支度はもちろん、人目につかない隠れ家としても有用だった。

 ジャンガロは、確保したガレージに公的なルートで購入したルノー製のバン、T1ギャコを停めると、荷台に乗り込んでいたシエーラとキーラは、2人して積荷を手早く降ろした。


「ライフル一丁に14万ユーロ。単純計算で16万と5千CD。それぞれマガジンが3こ付いてるから、相場よりほんの少し安いくらいか。まぁ、こんな小規模でも売ってもらえただけマシかな」


 FN社製の木箱に入ったアサルトライフルを見つめながらシエーラは呟いた。


 3日前に行われたサンプルと値段交渉は、滞りなく平和裏に終わり、実際の引き渡しにもシエーラ指揮の下、問題なく遂行された。

 シエーラが交渉し、ジャンガロがボディガードと運転手を担い、キーラは取引全体の監視役を任され全う。

 この時キーラは、苔のマントのような偽装具に身を包み、6時間もの間地面に張り付きながら監視を行なったので、全鼻の中には土の匂いが残り、身体中の関節がガチガチに固まっていた。


「うぅぅ。5分に一回くらいの割合で、誰も迎えに来ないだろうと思いましたよ」

 

 体温が上がりきらずまだ体を震わせているキーラは、恨言をなんとか絞り出してシエーラとクマのような傭兵を盛大に笑わせる。


「ガハハハ。お嬢ちゃんはスナイパーには慣れないな」


「うふふ。どうかしらね。無機質のように気配を消していたのかも、精神的に」


 キーラは、毛布に包まり、顔だけを覗かせて2人を睨んだ。


「あんなのイジメですよ?!」


「まぁまぁ。あなたのおかげで私たちは99%安全を保証されて、取引が出来たのだもの」


 キーラが取引現場を一望できる地点に陣取り、逐一状況を把握していたので、取引相手とのボディーガードしかいないという条件に確信を持って行動出来たのは事実だった。


「じゃあ、後の1%は何なんですか?」


「そんなの決まってるでしょう。“不運”よ。

 運悪く警察の巡回に遭遇したりとかのね」


「運に左右されるなんて洒落にもなってないですよ」


「運を馬鹿に出来ない。唯一完全に除外できない物だからね」


 キーラは、その話に納得しなかったが反論もしなかった。


 エルフの傭兵はおもむろにアサルトライフルを手に取り構えた。銃身を覆うハンドガードに手の支柱を噛ませ、銃床で肩を押さえつけて構えると、まるでマシンガンが身体の一部になったように姿勢が安定した。

 銃床の背に頬を当て、照準を壁のシミに合わせる。

 グリップは握っていたが、指を引き金には掛けず、そのまま静止した。


「やっぱり、こいつはデカイな」


 シエーラはエルフの女性として平均的な体格で、1mを超えるアサルトライフルを扱う人物では小柄な部類だ。


 吸血鬼由来の優れた筋力を持つキーラも真似して構えてみると、その重量と長さから狙い安定せず、5m先にゾウがいても当てられる自信がなかった。


「これ、本当に使えますか??」


「戦闘予定の墓地は、地下だけど閉所ではないから、取り回しに関する実害はかなり少ないのよ。ただ、でっかいけどね」


 エルフの傭兵は、ライフルを木箱の上に置き、キーラも同じようにした。


「さて、梱包するかね」


 シエーラは、そう呟いてからアサルトライフルを手に取り、ビール紐でミイラのように梱包してしまい、さらに絶縁テープで補強した。

 同じことを全ての銃で行い、マガジンにも同様の処置を施し終わった頃。ジャンガロは断熱材塗れの格好でシエーラを呼びに来た。


「こっちも準備完了だ。さっさと詰め込もう」


 1mを超えるマシンガン。その所持自体が違法な武器をいかにして持ち運ぶのかという問題を、傭兵たちは昔ながらの手段で解決していた。


————————————————————


 地方都市フルシェーヌの街を通る、白色のルノー製バンを気にする者はいない。

 長年放置され色落ちした車体は、ルーフは下手な素人が塗り直した禍々しい発色の白色で、色むらと刷毛の跡が100m先からでも視認できただろう。

 ピューラーからサイドミラー辺りは、錆が塗装の下から浮き、車体の白はウィンナーコーヒーのクリームのような色に変色していた。

 老朽化の激しい車体は、道の僅かな歪みを各機構に伝達するので、車内の全方向からあらゆる種類の金属音が鳴っている。

 そして、シエーラたちの手に入れたアサルトライフルは、この車の屋根と内装の隙間、本来は断熱材でいっぱいの空間に詰め込まれて運ばれていた。


フルシェーヌは、地方の街らしく、一度寂れて、一度は復興し、また寂れた街だった。

 白がくすんだ灰色の家が並び、その中の飛び地に60年代のアメリカのような模造石材の店が数軒。

 

 寂れた田舎町ながら、廃れてはいなかった。

 植木は均等の取れた形を保っていて、花壇には花が咲き乱れ雑草は一本ない。

 街灯は当然ながら、看板などの照明のどれを見ても暖色の古い電球ながら、切れているものは一つもなかった。

 

「なんか……この街には、めちゃくちゃ厳しい管理人がいるみたいですね」


 車窓からの景色に感想を述べるキーラに、シエーラが答えを与える。


「こう言った田舎は、まだドイツ軍から取り返した土地なのよ。私たちはタマネギの為には獅子にもなるから、こうやって綺麗な街を維持するの。侵略しかした事ない国の人アメリカ人には馴染みのない感覚かもね?」


 シエーラが敬拝し、キーラが物珍しいそうに眺めた美しい街並みも、幹線道路に近づくにつけれて様変わりしていき、車旅の休憩所の色を濃くしていった。

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