第47話 “銃”を雇う
高速道路沿いのなんてことない安宿。そこにはシエーラの招集に答えた傭兵たちが集結していた。
「シエーラ!」
シエーラが部屋に入ると、怠け者のザンギトーとあだ名されるアフリカ人が、厚い唇をにぃと広げ、怠け者の名からは想像できないほどハキハキとした足取りでシエーラに再会の握手を求めた。
彼の“怠け者”という二つ名の由来は、彼が誰よりも働き者で、良く気が利き、洞察力に長けた優秀な兵士だった為、一瞬でも立ち止まると、怠けていると笑われたことに由来する。
誰もが彼を“怠け者”と呼ぶが、彼を怠け者と思っている者はいない。
「ザンギトー。反応が遅いわね」
シエーラはしたり顔でそう言うと、ザンギトーはお決まりの困り顔を作っていた。
「そいつに関しては、いつものことさ」
窓際のソファーに寝転がっていた男が髪を整えながら起き上がる。
「あら、電ノコ。今日は静かなままでいてね」
「当分な、二日酔いなんだ」
キーラは、この調子の悪そうな男が、“電気ノコギリのチャック”なるスコットランド人だと分かった。
こけた頬と窪んだ目がどこか恐ろしく、長身痩躯の体型もあいまって、生気の感じられない不気味さがあった。
「
キーラがチャックから目を逸らすと、もう一つの部屋から女性の声でフランス語が聞こえた。その声の主は赤髪のフランス人女性がいた。
赤髪の女の質問に対して、シエーラは窓の外を顎で示したので、彼女はジャンガロの居場所を尋ねたのだろう。
それから、赤髪の女はじろりとキーラを睨む。
「シエーラ。
赤髪の女性は、シエーラにキーラの事を尋ね、エルフの傭兵はそれにフランス語に答えた。
「
「キーラ。彼女が
赤髪の女はじっとキーラを見つめ、キーラも負けじと睨み返す。
キーラが彼女について分かったのは、彼女のあだ名“爆薬筒”は性格などの比喩でなく、彼女が本当に爆薬に携わっていたらしいという事。というのも、イザベラの顔には大きな火傷があり、緑の瞳は瞳孔が僅かに欠けていて、さらに彼女の右手には指が4本しかなかった。
シエーラが、胸を張って部屋の中央に向かうと、自然と傭兵たちは彼女を囲んだ。
「電話で察してると思うが、今回皆に集まってもらったのは、傭兵の腕が必要になったからよ。
ブリテン島の片田舎の寺院を襲撃する。私たちの役割はその突入、制圧、対象確保、撤退の4工程。それを消防士の技能大会並みの速度で行わなければならない」
傭兵たちはメモを取り、ザンギトーが質問を挙げた。
「対象確保とはどういう事ですか?」
「対象は生捕りにする。相当に強力な魔法使いだから、銃撃を加えて仮死状態に追い込むことで無力化する。多少の
シエーラは、最後の一言を真顔で言い放ち。キーラとザンギトーはその表現に引き、対照的にチャックとイザベラは嫌な笑みを浮かべていた。
「それにしても、また……ユニークな仕事だ」
「やめる? チャック?」
「いや、あんたが受けた依頼ならみんな喜んでついていくさ」
チャックは、そう言って部屋の奥、換気扇の真下に立つとタバコを吹かし始め、入れ替わるようイザベラが前に出た。
「私もチャックと一緒。ただ、私が重要視するのは爆発物をどれくらい使えるのかってトコ」
「地下墓地の壁一枚を吹き飛ばす。爆発まで対象に悟られないように、純粋な物理爆薬のみの使用でね。
可能なら同じフロアに留まって爆破したい。最小の爆薬量で、最後の晩餐くらいの石壁をバラバラにして、なおかつ、すぐに突入できる状態に環境を保つ」
イザベラは目をぐるりと回して逡巡。
「とても難しいそうね。面白い」
チャックが、紫煙を鼻から噴き出しながら、イザベラを指差す。
「楽しい事は良い事だけれどよ、フロアを爆心地に変えちまうのはよしてくれよ」
イザベラは、舌を鳴らしながらチャックを睨む。
「あなたが敵弾に倒れたら、ベンチャー号並みの火葬をしたぁげる。テルミット法でね」
2人の会話を、シエーラは、壁をコンコンと叩いて遮り、もう一つ重要な要素を伝えた。
「あと、私たちの他に、1人か2人、突入隊が付くかもしれない」
それを聞いたイザベラが、きつそうな目でキーラに目線を向けた。
「それって、そこの
「ほ、ほ、芳香剤!? 便所の!?」
シエーラは、大きく息を吐いてからイザベラに呆れた眼差しで答えた。
「いえ、違うわ。ちゃんと“銃を持って死ぬタイプ”の連中2人。
それにね、イザベラ。髪色批判は年寄り扱いされるわよ?」
イザベラは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「100年生きてもミーハーでございますね。マダム・シエーラ」
「おい、口に気をつけろ」
ザンギトーが、イザベラを嗜めたが、それをシエーラが制した。
「ザンギトー良いの。イザベラは最初からこうだから」
ザンギトーはしぶしぶと椅子に座り直した。
「本来は雇い主側の人がいる場で言うべきではないけど、今回の仕事は、正直割りが良い。
必要な情報は全て雇い主が調べているし、もしかしたら対象はとっくに死んでいる可能性もある。
言ってみれば、私たちは、誰にも気づかれないように地下室の壁を壊すだけの可能性もあるんだ。変則的なのは、その後引き金を一度か二度引くかもってくらいね」
難しい顔をしてザンギトーは尋ねた。
「それは、最高のパターンだけど………。逆に最悪のパターンはどうでしょう?」
「暴発、みんな木っ端微塵」とイザベラが手で爆発のジェスチャーをしなが言い、チャックも考えを巡らせた。
「武器と弾薬をしこたま抱えた段階でスコットランドヤードの職員に出くわすとかか?」
シエーラも指折りに不安材を数えていた。
「そうね、後は……うふふっ。対象が200年毎日、欠かさずに今日、この瞬間に襲撃させると身構えていたり、とかね」
キーラがそれには突っ込んだ。
「それは、さすがにないですよ」
「ふっふっふ、ワトスン君、消去法で取り除き、残った結果が真実だよ。それがどんなに荒唐無稽でもね」
「なんですかそれ? 誰がワトスンですか?」
「………シャーロック・ホームズって知らない?」
キーラは、場の空気がおかしくなったのは、自分のせいではないと確信していた。
「さて、今からの話しだ。まず、私とこの子とジャンガロはトゥーロンに向かって、そこで品物を引き渡す。
その間にチャックは、イギリスで適当な建物を借りてもらう。後々はそこに私たち全員が合流して、来るべき日に備えるんだ」
「了解」と頷いてチャックはタバコをジュースの空き缶にねじ込み、ザンギトーもイザベラもそれで納得した。
キーラは、まるで超能力で意思疎通しているかのように連帯行動する傭兵たちを見て、なぜ傭兵を、“銃を雇う”と表現するのか理解した。
シエーラの仲間たちは、専門知識と統率された組織力、柔軟な行動力を持ったプロの戦闘集団で、キーラが持っていた傭兵という“無法者で殺人狂の戦闘狂のイメージ”と異なっていた。
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