第37話 Roland Headless Thompson Gunner〜忽然と消える殺人者〜

オレゴン州フィクス


 メンシル山脈には早くも季節の変わり目が訪れていて、草木は深い緑に染まり、遠くからは鹿の声が聞こえていた。


 山奥にひっそりと建てられたロッジは、この手の別荘では最も大きなスタイルで、丸太の並んだ壁とそこから伸びるウッドデッキの木材にまで北部のオーク材が使用され、家の前には、白いベントレーのセダンと家主が趣味で使う4輪駆動車、ダッジのピックアップトラックが並んでいた。


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 別荘から6キロほど下った山腹に、何の変哲もない自転車が放置されていた。それがいつからそこにあったのかを答えられる者はおらず、後にボランティアが撤去されるまで、誰も気に留める事もなかった。


 この自転車は、メンシル山脈の麓の町で盗まれたもので、その窃盗犯はフランスからきた傭兵のシエーラ・ヴァーミリーだった。


 エルフの傭兵は、メンシル山脈の冷えた空気に東欧の戦場を思い出しながら山林に忍び込み、そこでキャンパス地のリュクサックを下ろすとヒッチハイカー風のチェックシャツとジーパン脱ぎ、道中の何箇所かで分けて購入した森林迷彩の上下を着込み、髪を同じ迷彩の帽子で完全に隠すと、奇襲を仕掛ける準備を整えた。

 

 シエーラは、武器になるものは持たず、単身でオレゴンの豊かな自然に溶け込み、野生動物にすら気づかれないように標的の住処へと向かう。

 別荘を確認したシエーラは、すぐには行動を起こさず、念入りに護衛の有無、建物の間取りなどの情報を集め、攻撃プランを組み立てた。


 建物の中に男が3人、その内2人はほとんどをソファと暖炉前の椅子に座り、酒盛りに興じていた。

 暖炉側で率先して酒を楽しんでいるのがアダムス上院議員であり、それに合わせて酒をちびちびと口に運んでいるのが本命のターゲット、スパイ崩れの男スミス。

 シエーラは彼が元CIAという事で“雌犬のガキson of a bich”と名付けていた。


 そして、残るはこのスパイ崩れの男から指示を受けているボディーガードだった。

 エルフの傭兵は、まずこのボディガードを注意深く観察した。


 別荘内は、タバコのみが禁煙らしく、中で上院議員が葉巻を吹かしているとボディガードはたびたびウッドデッキに姿を見せ、タバコを一服しながら家の正面を見回り、屋内の持ち場に戻る事を繰り返している事が確認した。

 それからボディガードが何度目かのタバコ休憩に出向いた時、シエーラは彼の自慢の拳銃を確認。


 男は、咥えタバコで拳銃をホルスターから手に取り、照準を自然の虚空に合わせ、その後はうっとりとフレームを眺めながら、スライドを引き、排莢口を覗き、薬室チェンバーに弾丸が装填されているかを確認していた。


「45」


 このエルフの傭兵は、オートマチック式の拳銃ならば、ルガーや一部の大口径拳銃を除くほとんど全てを45と呼び、男がそれを持っている事を確認。

 男の武器はステンレス製の銀色の銃で、グリップは黒。銃口には特注のコンペンサーが取り付けられ特に精度を追求した競技用の銃に見えたが、この銃へのこだわりはガンマン気取りの傭兵に見られる見栄だと看破した


 ボディガードがタバコを携帯灰皿に押し込み、別荘内の警備に戻ると、シエーラはヒョウのように音も立てずに森林を通り、私有地の僅かな起伏で姿を隠しながら距離を詰める。

 別荘の裏手まで周り、そこから建物までの25メートルは良く手の入った芝生で、彼女が身を潜めるものはなかった。

 だが、シエーラは完璧に建物内の人数も行動パターンも把握していたので、避けられないイレギュラーに見切りをつけて“運”に身を任せて25mを通り抜けた。

 

 経験に裏打ちされた勘が功を制し、シエーラは殺害対象のすぐ近くにまで迫った。


 シエーラは、ロッジの床下、コンクリート基礎を這って伝い、ウッドデッキの真下に周り込むとそこで息を潜めた。

 息を浅く吸い、野生動物にも気取られない程に気配を殺す。顔のすぐ横を虫が這いまり、彼女のブーツの上をネズミが通った。


 程なくしてギィと頭上で戸の開く音がすると、それに続いて床板を踏み締める重い足音がウッドデッキ下まで続き、一連の騒音はライターの火打ち石をする音で締め括られた。


それまでと何も変わらず、「ふぅ」と、タバコに火をつけるながら気分を整えるボディガード。

 その背後に、縁の下えんのしたから忍び寄ったシエーラは、微睡の呪文を唱えた。 


「私は衛生兵だ。あなたはもう苦痛も恐怖も感じない。私があなたを助けるから」


 魔法を施した手を男の顔にかざした。声もなく体をピクリと跳ねさせる男に、シエーラはより強力な昏睡の魔法を使う。


「今こそ、ジャンターニュの晩鐘に夜の女神の吐息がかかる」


 巨漢を一瞬で昏倒させたシエーラは、その太い首に自らは手を添え、はっきりと突き出していた喉仏を折った。

 深い眠りに落ちていた男は、徐々に永遠の眠りへと寝入った。

 

 シエーラは、男の懐から拳銃を奪い取り、ウッドデッキを音もなく駆け上り、一気に正面玄関を蹴破った。


「な、なんだ!?」


 ブランデーグラスを放り投げ、懐からホルスターに手を伸ばすスパイ崩れのスミス。彼の早撃ちより、シエーラの強襲能力の方が高かかった。


「クソッ!———ぐはっ!」


  スミスの手が、銃のグリップに触れた時、シエーラは2発の弾丸を放ち、2発とも彼の肺を撃ち抜く。

 この騒動の中、アダムス上院議員は何一つ状況が理解できず、ただ手元のブランデーを溢しただけ。


「ひぃぃ、な、なにが!!?————ぎゃ!」


 シエーラは、太った男の胸と頭を撃ち、弾丸は、脊椎と眉間を貫いた。上院議員の肉体は弾丸のパワーで仰反り、椅子ごと後ろに倒れ込んだ。

 シエーラは、念の為に上院議員の頭をもう1発弾丸を叩き込み、致命傷で瀕死のスミスに銃を向けた。


「なんだ………お前………」


 スミスは、サングラスを取り落とし、青い小さな目には驚きと恐怖に染まっていた。その声にはヒュー、ヒューと肺から漏れる空気の音が混じり、口から溢れかえる血で発音は不明瞭な音だった。


「…………」


 シエーラは何も答えず、ただ冷徹に男の頭を2回撃ち抜いた。

 そうして仕事を終えたシエーラは、足跡すら残さないようにして、山林へ戻り、都市部へと下った。


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 この数時間後、ロサンゼルスへと向かう電車内で、車掌の注意を受けて口笛をやめさせられた者がいた。

 その者は、いかにも旅行者という出立ちで、勧告を受けるとピタリと演奏を辞めた。


 この時の口笛が“ 首無しガンマンのローランド”だと気がつく者はいなかった。

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