第29話 八咫烏の導き
カリフォルニア州が迫った頃。マスタングの運転はヴィズが行い、キーラは後部座席に戻っていた。
フロントガラスに無数に空いた弾痕は、覗き穴としては小さい挙句、好き勝手に放射状のヒビを広げていた。
ヴィズは、車のフロントガラスを撃たれたアメリカ人の例に漏れず、フロントガラスを足で何度も蹴りつけて外した。
飛散防止加工のされた強化ガラスは、まるで一枚のテープのように綺麗に剥がれ、その破片を見ながらキーラが呟く。
「そんな事するの映画でしか見たことなかったです」
ヴィズは声も無く笑い。前方を見据えた。
まだまだ荒野が続き、疎らな低木と砂塵だけの世界に、マスタングのシルエットが影を落としている。
太陽とエンジンの熱を受けた熱風が、砂塵を含んで車内へと流れ込み、フロントガラスという盾がなくなったので、暑く、埃っぽい暴風が車内を駆け回った。
砂が車体を削る音と飛び石がバンパーをへこませる音だけの世界に……。
「げっ! なんだ……このメール」
後部座席からキーラの声が響いた。
ヴィズは、年頃の娘がこの手の声を出す理由を予測する事ができた。
「…………キーラ。アダルトサイト経由の架空請求なら振り込んじゃダメよ?」
バックミラーに、色白の手が映りサムズアップをする。
「ためになる体験談をありがとうございます」
ヴィズの冗談にキーラも冗談で返したが、彼女の顔はノートパソコンに釘付けだった。
「こっちは………あんま笑えないんですけどね。私とヴィズさん宛にメールが来ました」
キーラのパソコンは、イタリアンレストランのシェフから好意で貰ったもので、彼女はそれを一から設定し直し、パソコンのアドレスからキーラ個人を特定できる情報は何も無いようにしてあった。
それなのに、届いたメールには、キーラとヴィズのフルネームが記載され、笑顔の絵文字と
「あー。ワンクリック詐欺ってやつ? でも、そーゆーサイトいったんでしょ?」
ヴィズは、まだ状況を理解出来ておらず、キーラが補足の説明をする。
「じゃなくて! 『“ルー”の代理人』とかいう人から来てるんです!」
ただでさえ色の白い吸血鬼の顔から一層血の気が引いている。うろたえるキーラに対し、ヴィズは平然と呟く。
「じゃぁメール、開きなよ」
ヴィズの提案は、キーラも考えてこそいたが……キーラとしては、不審なメールは開きたくないものだったが、ヴィズの進言が彼女がメールをクリックする心理的なハードルを下げた。最悪はヴィズの仕業にしてしまおう、と。
「開きました」
「読んで」
「位置情報と…………位置情報とか、ですね。
さて、
「
言葉を濁すために気の抜けた笑みを浮かべるキーラ。
吸血鬼は、滑らかな指運びで、ダークエルフの言葉を正確に打鍵。
「返信は………カラスの絵文字の下に……ピースマークが3つです。ほら、あの鳥の足を逆さまにしたみたいなやつ」
「それは、どういう意味?」
「カラスとピースマーク………分からな……。あっ……3本足のカラスって事でしょうか??」
キーラは、即座にインターネットから、三本足のカラスを検索し、八咫烏という神話に出てくる導きの神を知ったが……。
ヴィズは、「もういいや」とそもそも相手がルーリアの関係者と分かったことで充分だと判断して、キーラが濁した言葉に探りを入れた。
「で、位置情報と何が送られて来たの?」
キーラは、落ち着こうと唾を飲み下してから、メールの添付資料の報告にあたった。
「PTTS……潜在的脅威追跡システム。アメリカで生まれた吸血鬼に発信機を埋め込んで居場所を常に把握するシステムの資料です」
ダークエルフは舌打ちをしてハンドルを殴る。
「クソッタレ。どっかのクソ共が、ずーっとデバガメしてたってワケね。ふざけやがって」
「は、はい。ですが、現在はこの送り主の方がその、追跡をジャミング、妨害しているようです……」
キーラは、メールと資料を読み進め、皮膚下に埋設可能な小型発信機の設計図と埋設方法のマニュアルを読み。
その指示を遡って左耳の裏側を触診した
「うわっ、サイアク。耳付け根に何かある。これは………ピアスじゃないです」
報告を聞いたダークエルフは、また舌を鳴らし、今度はタバコも咥えた。
「近いうちに取った方がいいわ——」
ブチッ。
「痛たたた。意外と大きい。コーンの粒くらい」
吸血鬼の少女は、自分の皮膚と血肉ごと発信機をつまみ取り、百戦錬磨のダークエルフもこの行動には、若干引いた。
「キーラ、なかなかワイルドね」
「こ、これはプライバシーの問題ですからっ!」
キーラは、プチッと発信機を潰すと、ダークエルフに目的地の更新を伝えた。
「回収地点は、ロサンゼルスの手前にあるパシャナースという海沿いのゴーストタウンです。地図ではこのまま真っ直ぐです」
「砂漠の一本道のど真ん中だ。それしかないだろ」
砂埃と弾痕で化粧されたマスタングは、力強く地を蹴り続ける。
そして、勇ましいV型8気筒の音を轟かせながら『ようこそ、カリフォルニアへ』の看板をくぐった。
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