第71話 最強の魔導士と最高の魔導兵
ルーリナの隠れ家を出たローレンシアは、高所を求めて電波塔に登り、その頂上から跳躍して空に舞った。
方向感覚に自信があり、山すら超えた高度から見渡せば、ヨーロッパ最大の都市ロンドンは簡単に見つかった。
厚い雲が月を遮り、夜景だけが世界を照らしている。その中でも最も光り輝いているのがロンドン市街で間違いない。
方向が確定すれば、後はそこに向かうだけだ。
「この技は、久しぶりだな」
ローレンシアは脳裏に魔法陣を浮かべ、自身の身体を魔力そのものに変化させる。
このハーフエルフが特に好んだ変化形態は電子。それも絶縁体である空気を切り裂いてしまうような強力な稲妻の姿だった。
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カニング邸は、ロンドンの北部のハイドパークに隣接した地域にあり、都市の中核に位置していながら、街の騒音を遮蔽する庭園と城のような邸宅が建っている。
自動式の正面ゲートを備え、そこからは巨大な建物が一望出来るだけの長いアプローチがあり、建物の前には車用のロータリーを備えている。
そして、正面玄関は、王宮さながらの豪華な造りをしていた。
その豪邸にローレンシアは文字通り飛び込んだ。
稲妻を纏ったまま、玄関ホールの採光窓を突き破り、大理石の床と分厚いカーペットを焼き焦がし、奔流となった電流が照明器具を破裂させ、素晴らしい建物を一瞬で台無しにしてみせた。
ローレンシアはこの挨拶代わりの破壊行為に対し、カニング家現当主がどのような歓迎をしてくれるかと期待していたが………。
「……………えっ、警備も召使も雇えないくらい衰退したってわけじゃないよね」
玄関ホールには、壊れた電灯がバチバチと音をたてるのみで、他には何の音も反応もない。
「もしもーし。アーサー兄さーん。クロエ姉ーさーん。おっと2人とも惨たらしく死んだ!
あー、ローズ姉さん! 230歳くらいのおばぁちゃんになって生きてるーー??」
ローレンシアは、怨敵たち生家を訪れ、彼らの返事がない事を心底喜んでから書庫へと向かった。
魔導士の資産は知識だ。この豪邸も本来の目的は、膨大な知識を溜め込んだ書庫を上手く偽装するためのもので、上流階級の付き合いで、装飾に金をかけているでしかない。
「お父様も言ってたなー。この家は、学習と研究の本分から逸脱してるって」
ローレンシアは、一度だけカニング邸を訪れた事があったので書庫へと辿り着く。
「魔法の蝋燭か……ムードは良いけど、光量が少ないな、まるで牢屋みたい」
カニング邸の書庫は、個人所有としては最大級の施設で、一つが数百冊の書物を収容可能な本棚が延々と並ぶ広大な地下空間になっている。
ローレンシアは、ここまで警戒が浅いのは自分を誘導された事を悟っている。
安定した魔力が満ち、暗く、魔導士同士の戦いに相応しい雰囲気もある。
「さて、記録を見つけて、さっさと帰るかな——っ!?」
当然、書庫の中にオルゴールの音が響き、物悲し音色の『英国榴弾兵』が流れた。
「………気味悪っ」
ローレンシアは迷う事なく、本棚の回廊を抜け、1800年代の書物の棚へと向かい、すぐに、歴史書を見つけた。
「ふーん。どれどれ、やっぱイングランドでも、炭化病の研究してるじゃん……って、17年に漏洩の疑いありか……ざまぁみろ、ルー」
その時、ローレンシアは直感的に殺意を感じ取った。
「誰ー?」
瞬時に魔法の盾“防御壁”を展開したローレンシア。
「おっ!—————なっっっ!!?」
しかし、弾丸は音もなく飛来し、盾の内側で実体化した。
頭部を狙っていた弾丸に対し、ローレンシアはとっさに顔を逸らした。ので、弾は奇跡的に彼女の口に飛び込み、数本の歯を巻き添えにして頬を貫いた。
負傷はしたが、致命傷は避けたのだ。
「ぐへぇ——」
痛みで頬を押さえたローレンシアは、手のひらに舌と歯茎が当たる感覚に戦慄し、顔が半分吹き飛んだ事を察する。
さらに、高速な飛翔体は、明らかに目の前の本棚を通ったにも関わらず、本は一冊も傷ついていない。さらに銃声も聞こえていない。
戦闘モードに入ったローレンシアは、より感覚を研ぎ澄まし、今度は自身に向けられた微弱な魔力を感じ取りる。
「誘導かしら……?」
オルゴールの音の合間に、カチリと金属ボタンをはめるような音が混ざり……。
「来たっ!」
また弾丸が目の前で実体化。
弾道を見切ったローレンシアは、今度の弾を回避。
「私の慢心か………。これでタネは分かったよ」
もう怖くないと鼻息を荒くし、勇ましく立ち上がるローレンシア。
既に敵の位置も予想している。
「遠くからひっそりと攻撃するなんてね。利口だけど………許さな——いっ!?」
ハーフエルフが転んだ。
「きゃあ、足がっ!」
その原因は、足を狙撃され、足首から先が吹き飛んだ事。
今度のは魔力の誘導は無く、そもそも先ほどの魔力の照射自体が油断を誘う罠だと察した。
魔法で痛みをかき消し、千切れた足を治癒魔法で無理矢理くっつけるローレンシア。
「お見事よ! 卑怯者———!」
体を起こそうと本棚に手を掛け、その手を撃ち抜かれ、転がり落ちる。
痛みは誤魔化されていて、体感するのは衝撃のみ。しかし、この回避不可能な攻撃は絶大な威力を持っており、敵の罠に自ら飛び込んだ結果、完全に抜け出せなくなってしまっていた。
「あー、馬鹿やった。誰がさーん、私のお墓には油断大敵って書いてね!」
次の弾丸は、倒れたローレンシアの腹部に命中。腸と肝臓が酷く損傷して、かき消さない痛みがハーフエルフを襲う。
「くっっっそう!!」
重い体を引き摺って、本棚の間を抜け、通りへと出る。
体のダメージを回復するために、壁に寄りかかり、じっと息を殺した。
が、射手はそれを見抜き、次はハーフエルフの頭を撃った。
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