第70話 Soul Sucker 〜残存した片翼〜

 サマンサが向かったのは、ローレンシアが半壊させたルーリナたちのモニター室だった。


 彼女の部隊は、扉を開けようとしていた時、兄の部隊と同じように背後からの奇襲を受けてしまう。

 サマンサを襲ったのは、ルーリナの命令を受けた狗井。

 この痩身長躯の剣士は、換気ダクトを伝い、神出鬼没にカニング魔導兵団の背後を取っ。


 換気ダクトの金網が落ちた音でサマンサが振り返った時、狗井は既に殿を務めた男の上半身を斜めに切り落とし、刀身からその男の血が振り切れるより早く、次の者を首の根元から腰までを縦に引き裂く。


「敵だ!」


 3人目は迅速に武器をが、弾丸が放たれるより早く、狗井の刺突が男のボディアーマーと心の臓を穿った。

 狗井は筋肉、皮膚、ケプラーとセラミックの複合プレートを一絡げに切り裂きつつ4人目の敵を狙う。

 目に捉えられない速度で間合いが詰め、男の体側を抜けるようにすれ違い、そのまま敵の顔面を鉄仮面ごと叩き斬る。


「この化け物め!」


サマンサの驚愕と怨嗟の混じった怒号を無視して、狗井の凶刃が迫る。


その時。


「————!?」


 サマンサは魔法を使った。“助かりたい”という願望が魔力の衝撃波を生み出し、狗井を廊下の反対側まで吹き飛ばす。

 そして、追い討ちで、MP7の貫通弾の雨を降らせた。


「はぁ、はぁ……弾を込めないと……」


 当たったかどうかも分からないまま、弾倉の弾を撃ち尽くし、次の弾倉を装填。


 この時、狗井が動いた。


 叩きつけられた壁を蹴って加速した狗井は、サマンサが狙いを定められないように壁を跳ね回るように走り、デタラメにばら撒かれた弾丸を物ともしない。


「なんで、なんで死なない!」


 サマンサは、再び弾を撃ち尽くし、今度は撃つことに夢中になり過ぎて、魔法を唱えるのは間に合わない。

 彼女の脳だけが死の恐怖を正確に認識していたので、いつのまにか目を瞑っていた。


その時。


「待って、狗井」


 サマンサたちが突入しようとして扉が開き、ルーリナの声が響く。

 

 サマンサが目をうっすらと開けると首筋から数mmのところに日本刀の刃が停止していた。


「その女には話がある」


 ルーリナの命令を受けた狗井は、ヒュンと刀を振り、刀身の血を払いながら納刀。

 その代わりとばかりにサマンサに名実共に鉄拳を打ち込んできた。


「……ぐはっ!?」


 衝撃と痛みに、吐き気を催しながらうずくまるサマンサ。

 

「はぁ……はぁ……。私が誰か知っていての蛮行か!?」


 悶絶して膝をついたところで、ルーリナと目線があう。


「あなたはただの侵入者よ」


 吸血鬼の赤い目が収まった少女の顔。その憮然とした態度には貫禄が醸されている。


「はは。あなたがルーリナね。思ったより……ちっこい——のね!」


 サマンサは言葉でルーリナの注意を引きつけ、手首の隠しナイフを展開。瞬く間にルーリナの右脇腹、肝臓の位置へと突き刺さした。


「銀の味はどうだ? 吸血鬼」


 ルーリナの腹から肝臓由来の赤黒い血が滴る。


「………ふん。確かに銀ね」


 たが、当の本人は全く関心を持たず、それどころか脇腹を刺した手を押さえ、サマンサの自由を奪う。


「ほんっとにもう。カニング家の娘は、みんなお転婆で傷害事件に慣れているのね」


 サマンサの手に吸血鬼の暖かい血が伝い、パニックを起こしかける。


「な、なぜ……わ、私から離れた方がいい! 私は魔法使いだ!!」


 動転するサマンサに、ルーリナはぐいと顔を近づけ、牙を見せつけるように笑う。


「馬鹿な真似はしないでよ。私は吸血鬼だ。人間ごときがかなうワケがない」


 サマンサは絶望を味わい、最終手段に移る。


「こんな予定じゃないんだけどな……」


「ルーリナ様!! そいつ、手榴——」


 サマンサは、何の未練もなくジャケットの手榴弾のピンを抜いた。


「これも何かの縁だ! 3人で地獄に行きましょう———くっ!?」


 が、ルーリナは素早くサマンサの手に自らの手を覆い被せ、安全装置のレバーが外れないように押さえた。


 手榴弾には、レバーを握り安全装置を解除して、起爆用のピンを抜き、レバーが離されるまで爆発しないようにする機構を持っている。

 つまり、レバーの外れていないサマンサの手榴弾は、まだ起爆できる状態にない。

 

「狗井! ピンを奪って」


 サマンサは、片手はピンを握りしめ、もう片方は手榴弾を安全ピンを外させるために開こうとする。


「お転婆娘。本当に厄介ね………仕方ない」


 吸血鬼ルーリナは牙を剥き、サマンサの首に噛みつく。


「やめろ、は、は……な………せ…………」


 首に吐息と牙の突き刺さる鋭い痛みを覚え抵抗したが………貧血を起こしたように視界が暗転。脱力感に苛まれ、意識を失った。


 狗井が、弛緩したサマンサの手からピンを奪い、手榴弾に差し込む事で自爆を未遂に終わらせた。


「迷惑な奴ですね」


 手榴弾を奪い取った狗井が呟く。


「はぁ………。鮮血は美味しいな」


 意識の無いサマンサを見下ろすルーリナは、恍惚とした顔をしていた。


「おっと、こんな場合じゃない」


 ルーリナは口元の血を拭いながら、サマンサの首に手を当て、脈がある事とを確認した。


「狗井。このお転婆に生き恥を晒せるために警察……消防署に捨ててきて。そうすればみんな火消しに追われるでしょう。

 その間に私たちは撤収準備を始める。今夜中にこの国から逃げないと……」


 血に酔いつつも的確な計画を立てるルーリナを妨害する者が現れた。


「えーー、まだ居ても大丈夫だよ!」


 血の誘惑に耐えているルーリナにとっては非常に耳障りな声が聞こえた。


「なんで出てきたの、ローレンシア……」


 ルーリナの眉間に皺がより、歯を噛み締めたので、唇から牙が覗く。

 それに対しローレンシアは朗らかな笑みを浮かべた。


「お礼はないの? 敵を倒しつつ、あなたの友人を救ったよ。恩赦はなーに? ルーリナ殿


 ローレンシアに続いてヴィズが姿を現したた。優秀な兵士らしく、満身創痍でも背筋を伸ばして立ち、同時に分かりやすいダメ人間として、ウィスキーの小瓶を片手にさげていた。


「ルー。こいつと共闘した。それだけは事実だ」


 ダークエルフは、はっきりとした声を発し、流れるような仕草で酒を煽った。


「ふん。ヴィズの事はありがとうローレンシア。ただ、もう状況が状況だから———」


 場を収めようとするルーリナを、事を荒立てたいローレンシアが遮る


「ルー。私は、今からカニング家の本拠地に乗り込んで、残党を一掃して、証拠を取ってくる。

 あんたはここで私の帰りを待ってなさい」


 ローレンシアは、そう宣言すると誰の返事を聞かずにバンカーから出ていった。


————————————————————


 ルーリナは、遠ざかる足音を聞きながら目を閉じていた。


「まず、あなたが無事で何より。ヴィズ」


「あぁ………先に言っておくが、向こうの部屋もここと同じくらいグロい事になってる」


 疲れ果てた感を出す吸血鬼とダークエルフを横目に、狗井がサマンサを担ぎ上げる。


「ルーリナ様。どうなさいますか?」


 ルーリナは、こめかみをコツコツと叩きながら、思案して結論を出す。


「彼女が戻ってくると限らないし、予定に変更は無い。なるべく早くこの国を出る。

 あなたはその子を捨ててきて、私たちはここの破棄を行う」


 狗井にそう伝えたルーリナは、それからヴィズに向かって、申し訳なさそうに言った。


「ヴィズ……今から2時間だけ、ローレンシアの支援について、それ以上に時間がかかったら時間切れで、あなただけは何としても戻ってきて」


 ヴィズはタバコを咥えながら、深いため息をつき、やる気もなさそうに了承した。


「了解。絶対無駄足だろうがな。フーバーロクでもない

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