第19話 BORN ON THE BAYOU〜ワニと世捨て人とギャング〜

 ポー・バレンショーの住処は、ニューオリンズの南部郊外のバイユー湿地帯にある小屋だった。

 世捨て人の彼は、この近所付き合いの不要で、自身と渡り鳥以外に哺乳類が存在しない世界をこよなく愛しており、友人はアメリカアリゲーターのクロコデュートだけ。

 彼が相棒と呼ぶのは、非武装の高速小型魚雷艇レディ・イルマという船だけだった。


 ポーは、その日もそれまで過ぎた日々と同じように、酒瓶を空にする事に勤しんでいたが、珍しく来客があった。


 泥とツタ植物をかき分けて訪れたのは4輪駆動のピックアップトラック2台に7人のむさ苦しい男が分乗した大所帯で、彼らはサザン・レーベル・ギャングと名乗る犯罪者集団であり、リーダーはジミー・バフェットだった。


 バフェットは、薄れた茶色の髪と髭を持つ優男で、その容姿と痩躯そうくは威圧感に欠けていたが、生まれ持った残忍性と狂信的な選民思想の恐怖政治により自ら立ち上げた組織を掌握していた。


 バフェットが小屋へのステップに足をかけるとバレンショーは、来客への詳細にかかわらず象撃ち銃エレファント・ガンで出迎える。


「誰だ! 名乗らないとドタマをぶち抜くぞ!」


 バフェットが窓から顔を覗かせながら名乗る。


「ポー。俺だ」


 バフェットはついてこようとする部下を手で制し、1人で小屋に入った。気難しい偏屈爺は人に囲まれるのを何よも嫌うからだ。


「ポーじい——」


「仕事があるから帰れ、ジミーぼう


 ライフルを携えながら、酒のボトルに口をつけるバレンショーに、バフェットはデタラメを並べる。


「俺も仕事を持ってきた。大口のやつさ」


「ふん。知らねぇよ、こっちは、お前なんぞが逆立ちしても払えん額の依頼が来とる。とっとと帰れ青二才」


 バフェットの窪んだ目の奥には、静かに苛立ちが宿ったが、それを顔をにまでは浮き出させない。


「そりゃあ、どんな依頼だよ?」


「おい、ウシガエルと娼婦のガキは、帰れと言ってるのが分からんのか!」


 語気を荒げるバレンショーは、乱暴に酒瓶をあおる。中身が音を立て、カエルの声の間に老人のゲップが響いた。


「老ぼれ。あんた、女を運ぶんだろ?」


ピタリと動きの止まるバレンショー。


 シワの隙間に埋め込まれたような目が敵意に満ち、手が抑えが効かないように震えた。


 そして、老人は瓶を投げ捨て、ライフルを掴む。

 酒が床に撒き散らされ、大口径のライフルの銃口が敵を求め、鎌首を上げたが………。


「ノロイぜ、クソジジイ!」


 バレンショーがライフルを携える前にバフェットは、腰のホルスターから拳銃を一瞬で抜き、バレンショーの左肩を撃ち抜いた。


「ぐあぁぁぁ!!」


 45口径弾の威力で椅子ごと倒れたバレンショーを、小屋に飛び込んできたギャングの一味が拘束。

 バレンショーは、呻く老人を見下ろしながら、銃口の砲煙を吹き消した。


————————————————————


 着信が鳴った音でバレンショーが目を覚まし、自分が船用の太いロープで椅子に縛られ、桟橋の端に座らされている事を知った。


「じじい。あの電話は依頼主か?」


「いや、お前のママだろうな。“あなた、今夜は、紫と黒どっちがいい”ってな」


 挑発しながら唾を吐き捨てるバレンショー。

 彼の唾液が落ちた先にはウシガエルが悠々と泳いでいて、そのすぐ下からはクロコデュートが陸の騒乱を眺めていた。


「冴えたジョークだ。で、依頼主は誰なんだ?」


「お前の親父さ。妻を満足させられないのを悔やんでる。の質が悪いこともな」


「あーはーはー。面白い。こっちも対抗しよう!」


 バフェットは、額に青筋を浮かべながら桟橋の根元まで戻ると、机の上に置かれたアサルトライフルを手に取った。


「アーマライト社製AR15。軍ではM16。またはブラックライフルなんて呼ばれてる」


 彼らの乗ってきたピックアップトラックの荷台には、アメリカ陸軍マートハーバー基地保管と印字された木箱が積まれており、中身は、この種のライフルと弾薬が詰め込まれていた。


「使い方を確認してみようか!」


 バフェットは、仲間の方を向きながら呼びかける。


「まず弾倉を差し込む。奥でカチッと音がするまで!」


 バフェットは、机に置かれた弾倉で天板をコンコンと叩くと銃へ装填した。


「次にー。この照準器の後ろのT字レバーを引く!」


 レバーが引かれ、銃内ではカチンと重いく低い金属音が響き、手を離れたレバーが元の位置へと摺動しゅうどう


「ま、待って、分かった喋る」


 バレンショーが叫んだ。


「次、安全装置を確認! 今回はフルオートのFに合わせろ」


「50年代終わりに一緒に仕事をした吸血鬼の女から頼まれたんだ! とある女をここからキューバへ運べってな」


 部下の全員がM16を手に取り、弾を込め終わると、バフェットはバレンショーに向き直る。


「依頼した女の名前は?」


「し、知らねぇ、50年代にあった時は、フランス人形みたいなガキだった」


 ギャングたちが一列に並び、銃口を上に向けるように保持して隊列を組んだ。


「それだけかバレンショー?」


「あ、あぁ。連中は用心深い奴なんだ」


「分かった。その、はここに来るんだな?」


「そうさ、俺が運ぶ手筈だからな」


 バフェットが列に戻る。


「バレンショー。協力を感謝する」


「おい………解いてくれるよな?」


 バフェットは、ニタリと笑い目は異様に輝いた。


「全員、構え!」


「おい!?」


 隊列が、銃殺隊のように一斉にアサルトライフルを構える。


「よせ! やめろ! 頼む———」


「撃て!!」


 ギャングのメンバーは8人。アサルトライフルは一丁つき20発の5.56ミリ口径弾が込められ、それが一斉に放たれたので、バレンショーには100発以上の弾丸が怒涛と迫る。


 バフェットのライフルは全弾をバレンショーに命中させ、フルオートの暴走で水面や対岸の木を撃った者。運悪く弾詰まりを起こした者たちも全員が硝煙の匂いに酔いしれている。


 銃声のこだまが収まり、小動物が震え上がって生まれた静寂の中。踏み潰されたトマトのようになったバレンショーは、徐々に傾き、川へと落ちた。


「イィハァー!!」


 叫びながら、肺いっぱいに硝煙を吸い込むバフェット。


 バレンショーの遺体が水面を叩くと同時に、ワニのクロコデュートが牙を剥いた。


 バフェットのギャングたちがカラカラと転がる空薬莢を踏みつけながら、バレンショーの小屋に戻った時。


 バレンショーはズタボロになり、ダイニングチェアに縛られていた右手だけが水面に漂っていた。


「ダーキーと吸血鬼は必ずここに来る。

俺たちらしく南軍式の歓迎で迎えてやろうじゃねえか!」


 バフェットの部下たちは、持ち主の消えた小屋に弾薬箱を運びこんでいた。

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