スタンドアローン〜吸血鬼フィクサーと忠良な部下達

黒不素傾

プロローグ

第1話 吸血鬼には夢がある

 金髪赤眼の少女。ルーリナ・ダァーゴフィア・ソーサモシテンは、最強クラスの吸血鬼にして資産家だ。200年前、彼女は東欧に自分の王国を築き上げるまでの力を有していたが、現在は家名はおろか、どこの国の国籍さえも有していない。

 王国を築くまで波瀾万丈だった彼女の生き様は、国を追われた後も同じように複雑怪奇で、その逆境を吸血鬼由来の強靭な肉体と明晰な頭脳を持って生き抜き、唯一無二の立場を手に入れた。

 彼女の仕事は、国際的な物資の調達人。運輸業者であり、密輸業者であり、投資家だ。

 

 1900年頃までヨーロッパ各地を旅して回り、義勇兵や義賊紛いの逸話を作り続けた。人間の体験できる何十倍もの経験を得て、研ぎ澄まされた観察眼と洞察力は、経済機構への深い理解と持ち前のフットワークの軽さを完全に調和させ、一端のフィクサー影の支配者となった。

 

 1920年代、ルーリナはフランスで機関銃の試射に参加し、30年代にはアメリカでウィスキーの取引に手を染め、40年代にはイングランドでドイツ第三帝国からのV1ロケット爆弾の至近弾を体感した。


 そして、50年代初めには仕事の拠点をフランスに構え、新しい情報網の構築に着手した。

 この50年代から70年代まで、フランスを基軸にアフリカ大陸の混沌とした新世界で政治絡みの仕事を多数請け負い、の地にその名を馳せ、同時に冷戦と民族紛争の中で、ヨーロッパと北米にも強いコネクションを築き上げてみせた。


 アフリカでは、航空機による物資運搬を仕事にした。彼女の運んだ銃器が国の名前を変え、ある時には支援した難民たちが別の国を作る。激動の時代の大きな歯車として活躍した。


————————————————————


 1968年の11月某日。ナイジェリア沿岸。


 その日は月のない夜だった。ルーリナの操縦する大型プロペラ機DC4は、ビアフラから飛び立ち、アルジェリアを目指してアフリカ大陸の海岸線をなぞるように飛行している。


 コックピット内は、計器だけがおぼろに光を発し、痙攣するように震える操縦桿そうじゅうかんを握りしめ、吸血鬼ゆえの夜目よめに頼りながら操縦していた。


 飛行機を飛ばす好条件は、地上からも誘導支援を受けられる、よく晴れた日中だろう。

 しかし、その晩のルーリナは、真逆の条件での飛行だった。

 嵐こそないが気流は意地悪く乱高下し、雲は厚く、星も見えない。

 なにより落ち着かないのは、ビアフラとアルジェリアの空域内にいる間は、昼夜と問わず政府に雇われたミグ戦闘機が空戦用の機関砲を携えて目を光らせている事だ。

 しばらくして、緩衝地帯の領空を抜け、沖にに出た時、ルーリナは一仕事を終えた気分で、操縦席に体を沈める。

 燃料は充分残っており、機体トラブルさえなければ、目的地まで十分に到達できる。


 ようやくルーリナは一息をついた。


「機長。問題はない?」


 ルーリナは、コックピットの窓に映ったシルエットを見て、密かに「手足があったのね」と呟いた。


 その時、コックピットに入ってきたのは、シエーラ・ヴァーミリーという女エルフの傭兵だった。

 シエーラは、その戦闘能力と指揮能力の高さと人望の厚さから“パリジェンヌ少佐”という二つ名を持っている。

 第二世界大戦中は、自由フランス軍として戦い、フランスからドイツ軍を蹴り出すのに一役買った。

 大戦の終結直後の1946年。フランスの威信をかけたインドシナ戦争に参加したが、インドシナでの敗戦とフランス国内の反戦潮流に見切りをつけた。

 その後の彼女は、1950後半にアフリカ大陸に渡り、白人の傭兵集団“第5コマンド部隊”に加わり、アフリカ大陸の戦場を渡り歩き、ナイジェリアからの独立を目指したビアフラにて、第五コマンド部隊は、部隊壊滅という致命的な敗北を喫した。


 彼女のような戦争を生業とする罪人を合法的に他国へ入国させるためには、を騙るのが一番都合が良い。

 この偽の負傷者の輸送を請負ったのがルーリナだった。

 彼女は意図して傭兵の国外逃亡を手引きしたのだ。


 疲れ切った顔のエルフに、吸血鬼は優し声で答える。

 

「うん。飛行機も私も貴女たちもみんな神様の手に支えられてるみたい」


 疲労を感じさせない笑顔をエルフに向けながら、副操縦士席に括り付けられたクーラーボックスに手を伸ばした。

 その仕草を見たシエーラが気をきかしてクーラーボックスから瓶コーラを取り出した。


「今更ね……」


 コーラを手に取ったシエーラは、野戦服の胸元に手を突っ込み、ロザリオ首掛け十字架を取り出す。

 ロザリオには、それとは別に栓抜きがくくりつけられていた。


 カシュッと王冠が抜かれると、気圧差からコーラが一気に泡立ち、飲み口から茶色の泡が垂れ、床へと溢れた。

 

「私にとっての神様は、貴女と貴女の飛行機だったよ。ルーリナさん。

 この機が、あの飛行場にこなかったら……私はテロリストとして、フランス革命の時のバルターニャ通りより血生臭い目に合わされるところだったでしょう」


 抑揚のない声で呟く。


 彼女の左肩には、血塗れのトンプソン・サブマシンガンがぶら下がり、ベストのポケットにはMP40短機関銃用の9mm弾用弾倉が揺れていた。


「世界はエンジンみたいにうまく噛み合って回ってる。そうじゃなければ一瞬で吹き飛ぶだけ」


 ルーリナの言葉が胸の奥に引っかかっりシエーラは、無意識にトンプソンを撫でていた。


 今回の負け戦で、大事なモノを失い過ぎたと痛感し、心が圧壊しそうな苦しみと世界そのものへのやるせなさを抱いた。

 それでも自分の本質を理解している。故郷に帰ってまずはバスタブに浸かり、安物のワインを空ける。

 しかし、数日後には故郷に飽きてしまう。


「ルーリナさん、人手は足りてる? そのー……。次に向かう戦地とかでさ?」


 2人ともその業界には人脈というネットワークが必要不可欠なのを知り尽くしている。

 

「必要なら連絡させてもらうかな。たぶん、この戦乱は終わらないからね」


 ルーリナは、人を引き寄せる天性の才があり、さらに引き止める術を心得ている。


 計器を忙しなく確認しながら、続けた。


「神様は戦争を終わらせるつもりはない。人は戦争を辞められない。神を抑え、人間を抑えらるのは……それらから独立した存在しかありえないと考えてる。ちょうど私みたいな、ね」


 これがルーリナが初めて“世界平和”を標榜として世界との付き合い方を考え始めた時だった。

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