第53話 平穏な道、物騒な会話
ヴィズの乗る貨物船が、|グレートブリテン及び北アイルランド王国連合。《イギリス》ウェールズに到達し、2人はLEDのヘッドライトに照らされながら船のタラップを降りた。
港の駐車場には、メルセデス・ベンツ製のSUVが待機していおり、その運転手はキーラ。2人はこれが久しぶりの再開だった。
助手席のドアの開く音で、スマホをダッシュボードに投げるキーラに対し、ヴィズは乗り込みながら言った。
「船旅がどうだったか聞かないで、言われるまでもなく、クソひどい船旅だったから……」
再会の挨拶で愚痴を言うダークエルフに、吸血鬼は思わず頬が緩ます。
「そ、そうですか…………ちょっと安心しました。もしかしたら南米の雰囲気に呑まれて、ヴィズさんも陽気になってるのかも、なんて心配してましたから」
「アンダーソン。この女はこれでも、どうやら明るいつもりなんだ」
後ろに乗り込んだ狗井が静かに笑い。
ヴィズは2人に対して中指を立てた。
キーラは車内の匂いの変化で気がついた事があった。一つはヴィズがシャワーを浴びた事、もう一つは酒を飲んだ事。
「お酒飲んでます?」
「飲んだと言うには少ない」
確かに酩酊はしておらず、態度や言動も普段通りに見える。
「ストレートを2ショット」
「聞かなかった事にします。たぶん、シエーラさんがブキ切れますけど……」
「ライミーの本拠地に船で来たんだぞ? 飲まないでどうする? そんなことより、
キーラは、慣れた手順でシフトレバーをドライブに入れ、加速度や振動を感じさせる事なくSUVは発車。
車内には、ラジオからは、『ブラックサバス』の『N.I.B』が流れ、夕暮れのブリテン島の空と懐古趣味的に狭い道が続き、その緩く波打つ直線と狭く街路樹で見通しの悪い道を、ひたすらに南西へと向った。
道中。ヴィズはキーラに対して不満気に尋ねる。
「キーラ。なんで私たちのボスは、大金をかけて墓荒らしを企ててるの?」
キーラは、ハンドルにしがみつくようにしながら道とナビを凝視する合間に答えた。
「なんか、その墓に友達がいるそうなんですよ」
厭世的でだいたい不機嫌そうな顔をしているヴィズも、その返答にはきょとんとして聞き返す。
「何? わたしゃあ、
「あ、えーっと、友達が潜んでる……的な?」
ヴィズは、大きく鼻を鳴らしながら、タバコを咥えた。
「この車、シガーライターは?」
「充電器用に外しました」
「嘘でしょ?」
ヴィズは渋々魔法で火をつけ、キーラは車中の窓を全て開ける放なち、しばらく慣れない道に苦戦しながら、なんとか幹線道路に出たあたりで、ようやくヴィズの疑問の説明し始めた。
「なんか、ルーリナさんの友人で、めちゃくちゃ強力な魔導士がいたそうなんですよ」
ヴィズ自身も魔法と魔術に精通しており、一級の魔導士だったが、キーラの言う魔導士は、彼女を凌ぐと言いだけだった。
「昔の言い方で、前線魔導士とか偉大なる魔導士とか……知ってます?」
キーラの問いにヴィズが答えた。
「廃れた兵科。前線魔導士は、そのまま魔導士かつ魔導士の指揮官ってニュアンスで、偉大なる魔導士ってのは、今の訳し方だと戦略魔導士ってニュアンス。
まぁ、個人で戦況を左右するような実力者。当時の軍事力レベルなら私もそうなのってかもね」
ローレンシアの情報に、鼻を鳴らすヴィズ。
そんな彼女を、狗井が後部座席から茶化した。
「パールフレア。お前の昔の階級は? 前線魔導士の髭剃り係くらいか?」
「そう良く言われるだけど、実際はおしゃべりブリキの廃棄係だったよ。お前みたいな奴が専門さ」
キーラは、剣呑な空気を避けつつヴィズの言う魔導士の評価に安心して気を緩ませた。
「ルーリナさんの誇張か、思い違いだといいんですけどね。何にせよ対象は可愛そうですよ。
こちらには、狗井さんにヴィズさんに、シエーラさんも加わった。人殺しのアベンジャーズですから」
ヴィズはそれを聞きながら、窓に煙混じりの吐息を吹きかける。
「でも、その魔導士。わざわざ古い階級を名乗るような懐古主義者なら、イナゴや疫病が湧く呪いを掛けられるかも?」
皮肉げに頬を弛ませるヴィズに、キーラは続ける。
「ヴィズさん。ルーリナさんの言うその友人は、19世紀初頭の人のらしいです。大英帝国が世界を支配していて、ミッキー&マーティ社が、まだ砂糖農園を運営してる時代」
その言葉に、ヴィズは大きくむせ返り、車内に煙を撒きちらりした。
「ゲホッ、ゴホッ! はぁ? じゃあ、そいつは吸血鬼ってこと?」
ヴィズの一変する態度に、キーラも動揺しつつ答えた。
「いえ、ハーフエルフだったそうですけど………ルーリナさんは、その人がまだ……ご存命だと思ってるそうです」
舌を鳴らしながら、車外へとタバコを投げ捨てるヴィズ。
「エルフ族の平均寿命が300年。ハーフエルフは、その半分を生きるかどうかというところだ。はぁ、常識人なら棺桶の中で腐ってドロドロに溶けてるだろうね」
ヴィズは、高速で駆けて行く看板や街灯を眺めながら、思考を巡らせ、一抹の不安を抱く。200年前は魔法と魔術が、まだ万能だった時代で、近代科学の転回期と重なる時代
「そのくらい、イカれてる問題じゃないと、吸血鬼がイギリスの土を踏むわけないか」
「え、私は普通に来ましたけど……この国と吸血鬼ってなんかあります?」
キーラの質問を受けたヴィズは、流し目でラジオスピーカー指差した。
「ふふっ。このラジオのバンド、この国の有名なグループだけどさ、ヒット曲の他にボーカルが生のコウモリを食うパフォーマンスで有名なんだ」
ヴィズは、音楽をハミングしながらタバコを咥え、キーラと狗井はダークエルフの話を信じなかった。
ヴィズは、煙を吹きながら、19世紀の急進と混沌の時代を生きた魔導士がどのような者か想像を巡らせながら目的へと向かった。
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一行は、スールシャーの工業地区に到着。
この地区は、海辺の工業地帯で、黒煙を吐く煙突と資材運搬をする大型車両が目立ち、工場群の隙間を埋めるように乱立した倉庫の数々は日替わりのように持ち主が変わるので、出入りが激しく、秘事を行うにも適した側面を持っていた。
セキリティゲートをくぐって、ベンツが停まりキーラが2人を先導。
すぐ後ろについたヴィズがキーラを呼び止める。
「そういえば、それはどう言うつもりなの?」
ヴィズは、そう言ってキーラの太腿のホルスターに収まる散弾銃を指差す。
本来ヴィズは、基本的に個人の価値観を重視し、他人対しては無関心寄りで距離を置く性格なので、自発的に他人に意見をする事は稀な事だ。それでもキーラには敢えて口を出した。出さずにはいられなかった………。
キーラの散弾銃は、水平に2列の銃身が並ぶ元折れ式のモデルで、本来なら両手で扱う銃器の銃身と銃床を極端に
「
キーラの説明に、ヴィズは唇を引き伸ばすようにして、愛想ない笑みを浮かべる。
「OK、マッドマックス。お願いだから弾は抜いておいて」
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