クラス最恐のギャルが放課後ボクを呼び出し、「指を舐めろ」とか言ってきた

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

舐めろ

「指を舐めろ」


 ボクを呼び出して、一ノ瀬 コノリさんはそう言った。


 何を言い出すんだ。

 いきなり放課後に呼び出して「指を舐めろ」だなんて!


 遡ることお昼休み。

 

 ボクが一人で弁当を食べていると、いきなり一ノ瀬さんはボクの前に現れた。

 褐色の太ももが眼前に現れたときは、どうしたものかと思ったけれど。



「放課後、空いてるよな?」

 


 突然の申し出だった。「教室で待ってろ」と言われ、ボクはスマホで時間を潰しながら、待っていた。



「おい」と言われて立ち上がったら、一ノ瀬さんがボクの前に。


 で、ボクは一ノ瀬さんに指を差し出されて、待機している。


 一ノ瀬さんの指には、ネイルアートが。

 まるでチョコレートのようなブラウンとブラックが、夕陽に染まる。


「早く舐めろ。あと食レポ。感想聞かせろよ」


 クラス最恐のギャルから、睨みつけられた。


 目だけで、殺されそうになる。


「ええええええっ」


 脂汗が、止まらない。


 奇しくも今日は、バレンタイン直前の金曜日だ。

 今年のバレンタインは休日だから、バレンタイン前にボクらが会えるのは今のうち。


「イヤなのか?」


「イヤじゃないです。光栄であります」


 軍人みたいなやりとりである。


仕方ない。相手は一九〇センチ越えの男子空手部の求愛すら金的で追い払った、クラス最凶のギャルだ。


 その奇抜な容姿のせいで、学内外問わず悪いウワサが絶えない。


「じゃあ、さっさと舐めろ。手も消毒してあるんだから」


「は、はい……」


 まだボクは覚悟ができない。



「どうしてボクなんです? ボクみたいな陰キャじゃなくて、カレシさんとか」


「カレシ? 今までいたことねえよ、そんなヤツ」


 一ノ瀬さんの頬が、若干だけど朱に染まっているかのような。

 でも、夕焼けに照らされてよくわからないや。


「早くしろ。腕がつりそう」


 一ノ瀬さんが、伸ばしている腕を振るわせる。

 

 心なしか、一ノ瀬さんの指から甘い香りがしてきた。


「僕の口なんて付いたら、汚いんじゃ」

「お前がいいんだよ。お前に舐めてもらいたいんだ」


 戸惑うボクとは対照的に、一ノ瀬さんは真剣である。

 なにか、覚悟を決めているかのような。

 


「どうしても動けないか? じゃあ、あーんしろ。指を突っ込んでやるから」


 そうですか。どうしても食べて欲しいと。

 

 

 これは、イタズラなんだ。ボクみたいな陰キャをからかうための。


 でも、一ノ瀬さんの指を食べさせてもらえるなら。


 後で、クラス中のヤンキーから腹パンを喰らうかもしれない。


 それでも、一ノ瀬さんの必死な顔が目に焼き付いている。


 

「いただきます。あーん」

 

 ボクは口を開けた。


 一ノ瀬さんは自分の爪を、ボクの舌に這わせた。


 甘い。マニキュアって、こんなに甘いんだ。でも、身体には悪いんじゃ。


 ボクのお腹を壊させるつもりで?


 一ノ瀬さんの様子を伺う。


 なんて、うっとりした顔をしているんだ。


 くすぐったさに耐えているかのよう。

 

 こんな陰キャに指を舐められて、ここまで艶っぽい表情になるなんて。

 

「ふーっ、ふーっ」


 一ノ瀬さんの息も、荒くなってきている。


 ボクが舌を動かすと、それに合わせるかのように爪を舐めさせてきた。

 

「うまいか? チョコ」


「はい。とっても……チョコ?」


 舌を転がされながら、ボクはなんとかしゃべる。


「これな、チョコでできたネイルアートなんだ。インスタ映えするっつってな」


 興味を持ち、学校でやってみようと試みたらしい。


 だが、学校内で塗ってくるわけにはいかず、チップ状にして冷やして持ってきたらしい。

 それを爪に取り付け、ボクに食べさせたわけだ。

 

 

「でも、どうしてボクに?」



「んなもん……好きだからに決まってんじゃん」


 女に何をいわせるんだとばかりに、一ノ瀬さんは口をモゴモゴさせる。


 一ノ瀬さんがボクを好きになるフラグなんてあったっけ?


「お前、私が林間学校でカレー作ったとき、あたし指をヤケドしそうになったじゃん」


 そのとき、ボクは一ノ瀬さんをかばって、火に巻き込まれたのだ。


「はい。自分が腕をヤケドしちゃいましたけど」


 一ノ瀬さんが介護系の授業を受けていたので、幸い軽傷で済んだ。



「その節は、ありがとうございます」



 しかし、ボクは一ノ瀬さんに嫌われたんじゃないかって思っていた。

 迷惑を掛けてしまったから。


「礼をいうのは、こっちだっつーの。あんがとよ。うれしかった」


 みんな、彼女が怖くて誰も助けられなかった。

 でも、一番彼女から遠くにいたボクは、無我夢中で助けに向かった。

 どんくさかったけれど。



「あたしがどれだけ感謝しているか、知って欲しかったんだ。気がついたら、好きになってた」


 彼女がボクを騙しているんじゃないかって思ってた、さっきまでのボクを殴りたい。

 一ノ瀬さんは、人をおちょくるような人じゃなかった。

 不器用なだけ。

 

「は、はい。ボクもうれしいです。好きって言ってもらえて」


 素直に、心の中で喜んだ。

 

 こんな陰キャでも、好きになってくれた。


「だからよぉ、その、なんだ。よ、よろしく、お願いしましゅ」


 普段の一ノ瀬さんからは想像も付かないしおらしさに、ボクは心臓が止まりそうになる。


「こちらこそよろしく、一ノ瀬さん」


「コノリ」

 

「こここ、コノリさん、好きです!」


 まさか、ボクがコノリさんのカレシになれるなんて。


「ねえ、トゥース・マニキュアってのもあるんだぜ。食べるか?」


「はい。ぜひ」


 もう、断る理由なんてない。


「じゃあ用意するから待ってろ」



 コノリさんは、背を向ける。



 瞬間、振り返ったコノリさんに、ボクは唇を奪われた。


 口の中に、固形物が押し込まれる。

 たしか、コノリさんは口に何か小さい破片を口にくわえていた。

 

 マニキュアのような薄いチョコではない。

 コンビニで売っているような、板チョコの欠片だ。


 ボクの歯に、コノリさんは自分の舌を押しつける。


 そっか。歯用トゥースマニキュアなんだっけ。

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