第19話

 社長就任式は無事済み、本社社長と役員がいっぺんに居なくなっている状態だったグループの立て直しも済むと、時期は新緑を迎えていた。相変わらず弁当風呂敷を持って出て行く簓と義景を見送りながら、山本は笑う。溜まっていた仕事もどうにか片付き、血縁でないものも多分に含めて理事会は運営も順調だ。

「流行らない親族経営止めて良かったですね。連中自分の子供を社長に据える気満々でしたから」

「相変わらず簓ちゃんはスパッというなあ。まあ良かったと言えば良かったのかもね。曾お祖父さまの敷いたレールの上をことこと走る人生も良いかもしれなかったけど、自分のやりたいことをやる方が良い。そして僕は今、社長業が結構楽しくなってきたところだ。飲みニケーションは苦手だけど、君が未成年だから断りやすいしね。いっそずっと十五のままで――」

「居られないことないと思いますよ。私の身体、小学六年から一切変わってないんで」

 昼食の伊達巻を吹きそうになる義景に、お茶を飲みながらくすっと笑う。

「冗談です。中二までは何とか伸びてました」

「小学生じゃなくて良かったけれど中学生レベルって言うのも不安だな……」

「子供産むのにですか?」

「ぶっ」

「その頃は身体が成長期迎えますよ。一応生理も来てますし」

「さらっと言わないで、お願いさらっと言わないで簓ちゃん……」

 んべっと舌を出してからかってみると、身を乗り出した義景にその舌を齧られる。あくまで優しくだ。でなければ『異常』が働いてしまう。ぽかん、とした簓は噛まれてすぐ離れた舌をそのままに、フンッと胸を張る義景を見た。

「隠れ肉食系だからね、僕は。君だって食べちゃうに決まってるじゃないか、簓ちゃん」

「あの、義景様」

「なーに? 簓ちゃん」

「次からご飯は社長室で食べましょう」

「冷蔵庫があるから?」

「人の目があるからです」

 見れば若社長のご無体に男女そろってひそひそしている。しかし簓も義景も他人の目はあまり気にしないのも事実だった。はむはむと最後に残していたかまぼこを食べ終わると、簓はべこりとしてごちそうさまでした、と言う。それも祖父に仕込まれた処世術の一つでしかなかったが、こう言うところでは役に立つ礼儀正しさだった。それに、もう一人の祖父が作ってくれた料理に敬意を表せると言うことは幸せだった。最初の頃はバランを齧って義景に笑われたっけ、そう言えば。お茶をもう一杯注いでいると、その紙コップは義景に奪われてしまった。む、となるが、まあ一杯ぐらい良いか、と弁当箱を片付けて風呂敷に包む。

「君って本当に、命に関わらない以外の事にはマイペースなんだなあ……」

「命に関わる事にもマイペースですよ。とりあえず今は十八歳になったら車の免許取って、事故で自分がどこまで無事でいられるかを試すのが目下の楽しみです」

「そんな嫌すぎる楽しみ止めて! 大体車ならうちにもあるでしょ!? 私道は走っても罪じゃないんだよ!」

「嫌ですよあんな小さくて可愛いおもちゃみたいな車壊すの」

「壊すの前提なの!?」

「はあ、まあ、でなきゃ私の耐久性が分からないですからね」

「エアバッグ付いてるから! どっちにしろ君は無事だから!」

「どうですかねえ。人生分からないものですよ。生まれた時からある能力ですし、ある日パタッと無くなるかもしれないですし」

「そうしたら家のメイドに専念してくれるだろうからそれはそれで良いんだけどね……」

 はぁっと溜息を吐く義景に、簓は首を傾げて訊ねる。

「義景様はどうして私の事をそう庇うんですか?」

「え、っと」

「私が超能力者だからですか? 『異常』で可哀想な人生送って来たからですか? その辺り、私には分かりかねます。便利なボディガード以上の事を求められても、私、包丁も握ったことのない流離いのダメ人間ですよ?」

「君はダメ人間じゃないよ、簓ちゃん」

 不意に力強い声で言われて、簓はもう一杯注いでいた茶を止める。少し入れ過ぎていた。午後はトイレが近くなるかもしれない。のんきに考えながら、簓は紙コップの茶をこきゅこきゅと飲んで行く。

「僕を助けてくれた恩人だ。それは変わらないよ。僕は仁義に厚いからね、命の恩人には出来る限りのことをするだけだよ」

「舌齧ったり」

「そ、それはその」

「自惚れますよ?」

「自惚れてください……」

 真っ赤な顔で言われて。簓も赤くなってしまった。

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