【18歳以上推奨】スイングバイによろしく

阿部 梅吉

スイングバイによろしく

 慣性の法則、もしくは惑星の軌道。そんなものを変えるのにはちょっとしたコツがある。エネルギーは必要だが、一度エネルギーを使うと必ず別の方向に逸れていく。

 バタフライエフェクトという言葉があり、文字通り蝶の羽の動きのように小さな出来事が物事を少しずつ変えていくというわけだ。

それは往々にして、意識しないほど小さな出来事だが、次第に運命の軌道は変わりゆく。


 僕の初めてのバタフライエフェクト、彼女との出会いは、博士課程に入学した一年目の春だった。



 僕は京都にある大学の脳科学研究室に所属している。「脳科学」というと進歩的なイメージはあるが、やっていることは実に地味な技術のいる作業である。が、詳しくはあまりに専門的になるので割愛する。


 僕の学校には「脳科学セミナー」の授業が週に一回あり、その授業の準備をしなければならなかった。大学院生、特に博士後期課程となると、教授の右手となって動かなければならない。マイクやパソコンの調整、レジュメの配布などは僕の仕事だ。


 その授業は大学院一年生の授業だった。院では研究がメインなためほとんど授業はなく、これを取っているのはわずか三人しかいなかった。しかもこの授業が開校されたのは今年が初めてで、ある一人の生徒の我儘から始まった。

 桜がちょうど満開の季節だった。人々は新しいことにチャレンジし、コートを脱ぎ捨てる。そんな日々に彼女は巨大直下型地震みたいに突然やってきた。




 「あの」


 桜が舞う新しい季節にふさわしく、彼女はぎこちなくコン、コン、と研究室の扉を叩いた。

「脳科学研究室ってここで合っていますでしょうか?」


 やってきたのは小柄な一人の女の子だった。ショートヘア。全体的に体が小さい。解剖したら骨まで細そうで、抱きしめたらすぐに折れそうな印象を受けた。


「はい」と僕は答えた。

「丸山先生はいらっしゃいますでしょうか」と彼女は透き通るような声で言った。

「ああ」と僕は言った。

「院生の伊勢槙弥いせまきやと言います」僕は軽く頭を下げる。

「分子生物の御堂みどうと申します」彼女は深々と頭を下げた。

「丸山先生なら迎えの部屋だけど」

「授業のことでお聞きしたいのですが」と彼女は少し小さな声で言った。彼女としては精いっぱいの大きさなのだろうが、いかんせん体が華奢なせいか声が通らない。

「大丈夫だと思うよ」僕はドアを開けて彼女を手招きした。

「一緒に覗いてみよう」


 僕は向いの先生の部屋のドアを三回ノックした。

「はい」と中から声が聞こえた。

「失礼します」と僕が言うと

「失礼します」と彼女も続いた。

「すみませんが、授業のことについて質問があるそうです」


 研究室のボス、丸山先生は頭を掻きながら、

「ああ」とこちらの顔を見ずに答えた。

「何? 君」

「今年度の『脳科学セミナー』は開催されないのでしょうか」と彼女は聞いた。

「受講者が三人いないと開講されないと聞いたのですが」

「今んとこ開講しないつもりだね、毎年開講していないし」


そうなのだ。大学院生は自分自身の研究で忙しいため、ほとんど授業を取らない。なるべく楽な授業を取るし、そもそもしっかりと出席して自分の研究さえしていれば単位をくれる授業が多い。わざわざ好きで、毎週毎週課題のあるような授業を取るバカはいない。


「私は取りたいんですけど」

「いや、でも規定だから」

 彼は研究にこそ熱心だが、大学『教育』にはからっきし興味がなく、頭の切れる奴だけが授業や研究についてこれればいいと考えるような人だった。


「そうですか」彼女は一瞬がっかりしたようだったが、意外にも素直に納得した。

「でも、三人いれば開講できるんですよね?」

「まあ、そうだね」丸山先生はこちらを一度も見ないで頭を掻いた。

「でもまあ、毎年開講していないから、その授業。ただのお飾り」

「わかりました」彼女は爽やかに言い、お辞儀をした。

「どうもありがとうございました」声は小さいが、はきはきした物言いだった。僕はなんだか彼女に好感を持った。なかなか礼儀正しいし、引き際を知っている。


 と思ったのはその日だけだった。



 一週間後、ラボに送られてきたのは三枚の授業希望届願いだった。


 そんなわけで、数年ぶりに「脳科学セミナー」の授業が前期に開講されることになった。ただし先生は授業をする気が無いので、隔週で輪講を行うことになった。



「いったいどんな手を使ったんだ」

 僕は初めの授業の時に彼女を見つけ、問い正した。

「別に普通に誘っただけですよ、ほかの二人を」

「こんな授業取る奴なんて相当物好きだろう」

「まあ、そうかもしれないですけれど、ちょっと工夫したんです」彼女はこともなげに言った。

「工夫?」

「はい。実はこの授業、生命科学系専攻だけじゃなく理工学部全体の修士生だったら誰でも取れることが判明したんです。だから私以外の二人は、電子学科なんです」

「電子学科?」

「電気電子物理工学科。義肢の関節を作る研究をされているそうで、そのためには脳科学も学びたいとこのことでした」なるほど、その手があったか。

「ところで」と彼女は口を開いた。

「先輩はファージ、お好きですか?」




 彼女の名前は御堂長束(みどうなつか)といった。分子生物学研究室に所属しており、大腸菌などの細菌に寄生するウイルスであるファージを利用した薬の応用研究をしている。ファージを利用して細菌の働きをなくすという試みだ。


「ファージってかわいいと思うんですよ」と彼女は初回の授業の後で言った。

「ちゃんと大腸菌に寄生してくれると、とてもかわいくって」


 彼女は嬉しそうに語ったが、僕にはいまいちその美学はわからなかった。そんなこと言うならばゼブラフィッシュやマウスの方が百万倍可愛い。彼らは学習能力もあり、ちゃんと世話をすればいい結果もついてくる。


「まあ、しっかり陽性対照(コントロール)が出るのはいいね」

「そうですね、思った通りの反応が出ると、かわいく思っちゃいます」彼女は口角を上げ、極めて嬉しそうに語った。


 それからたびたび、と言っても二週間に一回しか授業が無いのでその度になったが、僕らは授業後に簡単なディスカッションをするのが常となった。

 彼女は自分の分野以外のことについても熱心に質問したし、打てば響くような頭の良さがあった。僕はついつい熱心に聴いてくれる彼女に足して自分の研究や今気になっている研究のこと、自分の興味のあることを話した。



 時には自分の研究分野とは関係ない、他愛のない話もした。僕たちはいろんな話をした。宇宙工学の話をするときもあれば、脳科学の話をするときもあったし、神経の話をすることもあった。


「はやぶさがリュウグウに到着したね」


 『はやぶさ』とは二〇〇三年に打ち上げられた小惑星探査機のことで、リュウグウとは目標天体である地球近傍小惑星のことだ。当時目標天体に到着したとのことで、当時新聞ではかなり盛り上がっていた。


「そうですねえ」

 彼女は授業のレジュメに目を通しながら、ぼんやりと僕に相槌を打った。

「『スイングバイ』理論は知っているだろう?」と僕は聞いてみた。

「スイングバイ?」彼女はきょとんとした顔で言った。

「なんですかそれ」

「簡単に言うと、はやぶさがリュウグウに近づいた時点で機体が移動するベクトル、つまり方向を捻じ曲げる方法のことだよ」

「うまい具合にリュウグウに当たらないよう、はやぶさが方向を転換しなければならない……ってことですね」

「主に万有引力の法則を利用するんだけど、話はこれだけじゃないんだ」と僕は語った。

「実際には小惑星は回っているから、いわゆる『公転』をしている。それを考慮しなければならないんだ。天体固有の運動を考慮する」

「なんだかすごそうです」

「この理論を使うと、天体の運動と万有引力を利用できるから、より少ない燃料ではやぶさの軌道を変えることができるんだ」

「へえ」彼女の顔はぱあっと明るくなった。

「誰が考えたんでしょうね、そんなすごいこと」

「な」

と僕は言った。

「本当にすごい」




 ある日僕は、実験結果の解析をしながら徹夜でアニメを見ることにした。

 研究室棟にしか明かりがついていない、蒸し暑い夏の夜のことだった。


【一緒に来る?】

僕は彼女に連絡した。

【ぜひ】と連絡が来た。


 彼女は誰もいない僕のラボに来た。

 僕は『エヴァンゲリヲン』のシンジ君が見知らぬ天井を見ているところでDVDを停止した。

「何を見る?」と僕は聞いた。

「解析したいから、一度僕が見たことがあるやつがいいな」

「今見ているやつでいいですよ」と彼女は言った。勝手に僕のデスクの横の椅子にカバンを下した。

「何でもご自由に」

「じゃあこのまま見続けるけどいい? 最初からにする?」

「ほかに何かあります?」

僕は手持ちのPCを動かす。

「『まどか☆マギカ』とか」

「じゃあそれで」と彼女は淡々と言った。僕のラボの冷蔵庫を勝手に開けてコーラを飲んだ。

「なんだか家にいるみたいだな」と僕は言った。

「なあに、お兄ちゃん」彼女は高い声で笑った。

「なんだい、妹」僕も悪ノリしてみる。

「私、お兄ちゃんといるとリラックスするみたい」と彼女は言った。事実、本当にリラックスしているようで、足を組んで冷蔵庫の前にあるソファに深く腰掛けていた。

「いいんだよそれで」と僕は言った。

「私も論文読みながらアニメ見る、お兄ちゃん」彼女の悪ノリは続く。

「わかんないとこあったらお兄ちゃんに聞いて良い?」

「良いよ」と僕は言った。なんだか変な気分になってきた。

「もちろん」

「やった」彼女は純粋に喜んだ。

「早くアニメ再生してよ」

「はいはい」なんだか本当の兄妹みたいだ。


 僕らは一話から『まどか☆マギカ』を見た。僕はもう何度も擦り切れるように見ていたが、彼女の方は初見だった。それもあってか、彼女は何度も何度も論文を読む手を止め、「ああ」とか「うわあ」とか声を上げて見ていた。僕はアニメより、なんだか彼女を見ている方が面白い気がしてきた。

 もう十時を過ぎていた。僕はもともと徹夜で解析をするつもりだったが、彼女は彼女ですっかりアニメに夢中になって、帰るタイミングを失っていた。


 十一時、十二時と時間が過ぎていった。気づいたら日を跨いでいた。

「時間、大丈夫?」僕はようやく彼女に聞いた。彼女はすごく夢中になっていて、声をかけづらかったのだ。

「あれ」と彼女は顔を上げた。

「もうこんな時間。やばい」彼女は跳ね起きた。しかしすぐにソファに座り直し、

「もうここで全部アニメ見る」と言った。

「お好きにどうぞ」と僕は言った。幸い今日は金曜日だった。

「今帰るの怖いから、朝方に帰るの、お兄ちゃん」

「はいはい」そのノリは続いていたのか。

「ねえ」と彼女は言った。

「なっちゃんって呼んで」

「なっちゃん」僕は恥ずかしかったが、そう呼んでみた。

「なあに、お兄ちゃん」と言い、彼女はくすくす笑った。

「ねえ先輩、これからは私のこと、『なっちゃん』て呼んでくださいよ。お兄ちゃん」

「いいよ」別に断る理由もなかった。

「お兄ちゃん、お願いがあるんだけど」

「なあに、なっちゃん」

「手を繋いでくれない?」

「いいよ」

「なんでも……」

 僕は彼女の手を握った。久々に誰かの手に触れた気がした。

「ん……お兄ちゃん……私……眠い……」

 なっちゃんは言いながら、目を閉じて机に突っ伏した。僕はそのまま左手を固定されてしまった。


 結局その日はその体勢のまま、なっちゃんは朝まで起きなかった。



 それから彼女は僕を『兄』と、僕は彼女を『なっちゃん』と呼ぶようになった。

 実際、『兄』と呼ばれるのは楽な位置ポジションだった。彼女と僕を繋ぐ接点にもなり得たし、恋愛にも発展することはない。

 彼女のことが好きだが、関係を発展させてどうこうしたいとか、そういうことはあまり思わなかった。どっちかと言えば、彼女とはずっと今まで通り他愛のないことを話していたかった。この関係を壊れさせたくなかった。僕は結局のところ、傷つきたくなかっただけなのだ。





 その関係は突然に破られた。


 ある冬の朝だった。僕は三十八度の熱を出し、家に帰ることもできなくなり、ラボに泊まることになった。

 彼女はSNSでそのことを知り、すぐに駆け付けてきた。


「私の家に来なさいよ」と彼女は言った。ラボにはもう誰も残っていなかった。

「もう家族なんだから、お兄ちゃんは」

「さすがにあがれないよ」僕は反論した。あたりまえだ。それくらい弁えている。

「だめ」彼女はぴしゃりといった。

「こんなラボの堅いソファで毎日寝てるからよ」

 事実、僕はこの一週間、まともに家に帰っていなかった。疲れにより熱が出てしまったのだろう。

「私の家に来なさい、大学から近いんだから」

「でもそれは」

「ダメ。ダメったらダメ」なっちゃんはこの時、ひどく意地になっていた。

「馬鹿なこと言ってないでさっさとうちまで来て」


 そんなこんなで、気づいたら僕は彼女の部屋のベッドの中にいた。エヴァンゲリオンの『見知らぬ、天井』を思い出した。

「気が付いた?」と彼女は言った。

「おかゆ作ったけど食べる?」

「あるなら」と僕は言った。実際すごくお腹が減っていた。

「梅でいい?」

「なんでもいい」僕は彼女から梅のおかゆを手渡された。普段は大学内の食堂かコンビニで済ませているので、久しぶりに温かいものを食べた気がした。湯気のたつ食物なんて何日ぶりに食べただろう。

「うまい」僕は率直な意見を言った。

「よかった」と彼女はにっこり笑って言った。彼女にはなんだか不思議なエネルギーがあるみたいだ。

「僕、寝てたみたいだね」

「覚えてないの?」彼女はくすくす笑ったが、すぐに

「かなり重症ね、お兄ちゃん」ちょっと声のトーンが落ち、顔が曇る。

「大丈夫だよ、寝れば」僕は本心で言った。寝れば大抵のことは治る。

「ちょっと横になればすぐ解決するよ」

「どうだか」と彼女は言った。曲がりなりにも先輩の僕に、彼女は自分自身の率直な意見を言った。

「大丈夫だって。大げさすぎるよ」

「馬鹿」と彼女は言った。

「週七でラボに泊まっておいて、よくそんなことが言えるわね」

「まあ、博士の後期課程なんてそんなもんだよ」本心だった。

「こうでもしないと卒業できない」

「そうかもしれないけれど」と彼女は眉毛を下げて言った。

「でも心配なの、お兄ちゃんは」彼女は目を潤ませた。

「家族だから」

「家族」

「そう」彼女の瞳は澄んでいた。

「だってそうでしょう? お兄ちゃん」

「まあ」僕は面食らった。


 家族。

 家族か。


「そうだね」

「家族のことを心配するのは当たり前でしょう」

「まあ、」

 まあ、そうか。そう言われれば。

「そうだね」

「そうでしょう」彼女は努めて笑って言った。

「だからお兄ちゃんは何も心配しないで」彼女は僕の食べたおかゆのお椀を下げながら言う。

「まだ食べるでしょ? 味噌汁もあるけど」

「食べる」正直、頭が働かなかった。

「食べるよ」僕は彼女が作った小松菜の味噌汁を食べた。

「これもうまい」なんだか何もかもが温かく、おいしく感じられた。

「よかった」彼女はほんとに上品に笑う。なんだか本当に不思議なエネルギーを貰っているみたいだ。

「まだあるけど」

「食べるよ」と僕は即答した。

「あと一杯だけ」

「わかった」

 僕は彼女が作った味噌汁を結局あと二杯平らげた。

「ありがとう」

「寝なさいってば」と彼女は言った。

「寝たら治るんでしょう」

「まあそうだけど」僕は少し戸惑った。

「じゃあ君はどこで寝るの?」


 僕はあたりを見回した。ワンルーム。テレビ、テーブル、クローゼット、それに鏡。あとはベッド。当然ソファなんて代物もない。床で寝るには狭い。


「一緒に寝る」彼女はこともなげに言った。

「別に兄弟なんだから気にすることないでしょ」

「いや、ダメだ」僕はベッドから出ようとした。

「起きちゃダメだってば」彼女は僕の肩を抑えた。

「風邪なのに何やってんの」

「君こそ何言っているんだ」

「別に、何か気にするわけ?」彼女はどうやら本気で言っているようだった、

「気にするよ」

「どうして」

「……シングルベッドだから」

「寝苦しい?」

「まあ」それもそうだが。

「ちょっと私、横になって寝るから大丈夫」彼女は僕の入っているベッドに潜りこんできた。何が大丈夫なんだ。

「不用心すぎるよ」

「なんでよ」

「男と一緒に寝るなんてすぐに騙される」

「別にいいでしょ、兄弟なんだから」

「そうだけど」いや、そもそも兄弟じゃないし、とは言えなかった。言ってしまったら彼女との関係が全て破綻してしまう気がした。

「何か問題?」彼女は僕の前に乗っかった。

「襲うぞ」

「嘘」

「本当」

「嘘、だって」

「本当」


 僕はなっちゃんの唇に自分の唇を重ねた。なっちゃんの両腕を抑え、身動きがとれないようにした。


「ぁんんん、ん、んんん」

彼女は何か言ったが、僕は無視した。

僕は自分の頭とベッドの隙間に彼女の腕を敷いて、固定した。

「んんん」と彼女は言った。僕は彼女が着ていた白いセーターをまくった。白いスポーツタイプの下着が顕わになった。僕は一切のためらいなく、その下着を上にまくり上げた。特別大きくはないが、形のいい乳房が僕の目の前に現れた。

「んんんん!!」彼女は一層大きな声で何か言ったが無視した。僕は彼女の口の中に自分の舌を入れた。

「……っ、はあ」彼女は必死に僕の唇から顔を離した。

「電気、……っ」頬が赤くなり、目が潤んできた。

「電気、消して」息の多い声で彼女は言った。

「見られたくない」彼女は僕の腹の上に自分の胸を押し付けて自分の体が見えないよう調整しようとしていた。かすかに柔らかな乳房が僕の腹の上をつんと突いた。

「なんで」

「恥ずかしいから」

「かわいいよ」

「無理」彼女は真っ赤になった。

「やだ」

「いじわる」

「誘ったのはそっちじゃないか」

「だって……」

「油断してた?」

「……」

 彼女は下を向いて僕と目を合わせなくなった。

「大丈夫だって」僕は彼女をたしなめるように言う。僕はゆっくりと彼女の胸を包み込むように振れた。心臓が脈打つ感覚が伝わってくる。

「ん……」彼女の顔が少しゆがんだ。

「大丈夫だから」僕は円を描くように彼女の胸を人差し指でゆっくりなぞり、おそるおそる彼女の胸の中心にある小さな乳首に触れた。

「あ、」

彼女は声をあげた。その瞬間、なんだか電気みたいなものが僕の全身に走ったような気がした。

「んん……」彼女の表情がゆがむ。目はもう開いていない。僕は夢中になって何度も何度も彼女の胸をいじった。

「んん、ん、ああ」もう我慢できなくなってきたらしい。

「声出していいよ」僕は優しく言った。

「出して」

「……とな・・・りに……きこえる……」

「いいよ」

「よく・・・ない・・・」僕は彼女の乳首を舌の先でなめた。

「……っん!!!!!」彼女は今までにないくらい大きな声をあげた。僕は夢中になって何度も何度も舌を動かした。

「ああっ、ああ。だめ、ああ」だめとか言いながら、彼女は高い声を出して腰を振った。

「動いてる」

「ん、んん、」

「動いてるよ」僕は彼女の太ももを触った。濡れていた。

「……」彼女は目を閉じて口をぎゅっと結んでいた。僕が舌を動かし、彼女乳首が動くたびに彼女はかすかに息を吐いた。

「認めればいいのに」

「……」彼女は何も言わない。僕は彼女の乳房を吸いながら太ももの間をゆっくり触った。

「だめ、無理」

「どう無理?」

「何もかも」

 僕は夢中で彼女の全身に口をつけた。彼女の形全てを記憶したかった。僕はもうこれ以上ないくらい彼女の全身をまさぐった。

「あ、」

 彼女はもう止まらなくなっていた。声も気にせず、完璧な動作で腰を動かした。

 僕はやがて彼女の中に入った。


……あ……






 終わったあと、彼女はすとんと寝てしまった。僕は寝ている彼女の布団をはぎとって全身を観察した。綺麗な方の乳房も見た目からは想像できないような陰毛も全部記憶して寝た。僕は収まっていなかった。



 翌朝、目を覚まして開口一番、

「さ む い」と彼女は言った。

「エアコンの温度を上げたら?」

「お兄ちゃんがやってよ」と彼女は口を尖らせた。

「今私、裸だからやだ」

「寒いから嫌なの?」

「そう」

「見せてよ」

「やだ。お兄ちゃんがやって。寒いんだから」

 僕は言われたとおりエアコンをつけた。

「つけたよ」

「ありがとう」彼女は布団にくるまっていた。僕は布団の中に頭を潜らせた。

「何やってんの」

「なっちゃんを見てる」

「なんで」

「見たいから」

「変態」

「変態だよ」僕はなっちゃんの身体を抱いた。彼女は震えていた。

「どうしたの?」

「なんか、体が変な感じがする」彼女は小刻みに揺れていた。

「変な感じって?」僕は彼女の背中を撫でた。

「あ、」彼女はちょっと大きな声を出した。

「だ、め」彼女はより大きく体を震わせた。

「何? 感じてるの?」

「知らない、あ、」僕は急いで彼女の胸を弄った。指先でつついたり舌の先で舐めたり吸ったりした。

「ん、ん、」

 必死で声を出さないように口をがっちり閉じようとしているが、あまり意味はない。

 僕は彼女の太ももをまさぐった。

「濡れてる」

「……そう?」

「うん。感じているんだよ」

「なんか変な感じ……」彼女は目も口も半開きになって、顔を赤くしていた。

「だからそれ、感じてるんだって」僕はまた彼女の中に入った。



 それから何度か彼女とは寝た。僕が深夜まで実験して、日付を超えたころに彼女の家のチャイムを鳴らす。彼女は眠気眼で僕を迎える。僕らは何も言わず抱き合う。そのまま彼女の中へ入っていく。何時だろうと構わなかった。彼女は僕の中で何度も絶頂を迎えた。彼女の力が一気に抜ける。


「イけた?」

「……」返事がない。

「イけたね」

「……」彼女は何も言わなかった。全身の力を抜き、筋肉を弛緩させていた。

「ん……」彼女はきっかり五秒後に起きた。

「飛んでたね」

「わかんない、そんなの」

「イッたんだよ」

「えっち」

 だんだんと余裕がなくなってく姿がかわいくて、僕はもう一度彼女の中に入った。前とは違う体勢で。

「ねえ……こわい」彼女が低い声で言う。僕は後ろから彼女の中に入ろうとしていた。

「なんで」

「兄ちゃんの顔、見えないから怖い」

「見えるよ」僕は鏡の前に彼女を四つん這いにさせた。

「ほら」鏡に映った彼女は真っ赤になりながら胸を突き出していた。

「やだってば」彼女は本気で怒っているみたいだった。

「痛いからやめて」

「わかったって」僕は諦めて彼女をベッドに押し倒し、上になった。


 なっちゃんは何も言わなかった。ただ僕に身を任せていた。彼女は嫌と言いながらも、一度も僕を拒まなかった。僕は自分でも何をしているのかわからなかった。只の薄汚い欲望なのか、純粋な恋愛感情なのか。

 なっちゃんのことは好きだ。それは間違いない。でもその感情を細分化して分類することは僕にはできない。ただ僕は彼女といろんな話をして交わりたかった。日常の延長としてただ彼女に触れあいたかった。それは僕にとってはごく自然なことだったが、なっちゃんがどう考えているのか僕には見当もつかなかった。ただ本当のことを聞くのが怖い自分もいた。


 「気持ちいい?」代わりに僕は何度も彼女をイかせた。

 「ん……」なっちゃんがぎゅっと目を閉じる。僕が腰を動かすと彼女は腰を大きく振った。それに合わせて声も出した。

 もう止められなかった。石は転がる。止まることはできない。ただ彼女に悦んでもらいたかった。そうでもないと、やってられない。


 僕はなんでこんな風になってしまったのだろう、理由はいくつも思いついたが、どれも完璧な答えたり得なかった。あらゆる要因が絡まっているのだろう、僕にはそれらすべてが正解で、全て間違っている気がした。考えても仕方のないことだった。そのうちに僕は考えるのをやめ、彼女が悦ぶならいいと思うようになった。




 僕たちの話はいろんな話をした。宇宙工学の話をするときもあれば、脳科学の話をするときもあった。ただそれが、研究室からベッドの中へと変わっただけ。


 例えば、大気圏に入って消滅した人工衛星の話……。


「お兄ちゃんは本って読まないの?」

 ある日彼女はベッドの中で僕に聞いた。

「西尾維新とか読むよ」

「それ以外は?」

「ほぼ読まない」僕が答えると、

「そう」と彼女は明らかにしゅんとした。

「なんで?」

「『スプートニクの恋人』って知ってる?」

「知らないな」

「村上春樹の作品」

「うん」

「主人公が恋をしている女の子は、年上の女性に恋をしていて」

「何だか複雑だな」

「で、その女の子が恋をしている相手は、ある日二つに分かれてしまう」

「二つに?」

「うん」と彼女は言った。




 「今度の学校祭、一緒に回らない?」

 ある日なっちゃんが唐突に口を開いた。学校祭なんて、博士の後期課程になればほとんど出る奴なんかいない。もう七年も大学に通っているので、今更興味もない。しかしなっちゃんが言うなら、行ってもいいような気がした。

「いいよ」

「本当?」

「うん。でも、よくそんなにはしゃげるね」

「うん。私、学部と大学院で学校が違うから、ここの大学での学祭は初めてなんだ」

「あ、そう」

なっちゃんはこんな大切な情報を僕には言わないでいる。お互いの裸は何度も見ているのに、僕はなっちゃんのそういう基本的なことさえ知らない。




 惑星衝突が行われたのは、学校祭でりんごあめを買い、廊下でそれを頬張っているときだった。


「お兄ちゃんってさあ、あたしのこと好きなの?」

 彼女はリンゴ飴を丁寧に舐めながら言った。僕が奢ったやつだ。僕は軽く咳払いをした。何を聞かれているのか把握するまでに、きっかり二秒かかった。

「好きだよ、もちろん」

「家族として?」

「家族として」

「妹として?」

「妹としてね」

「妹を抱く」


彼女は冷静に、辞書の単語を読むかのように言った。ずっと舌の上で転がしていた言葉なのだろう、震えた声には彼女の勇気が垣間見えた。


「抱かない方がいいの?」

「そうじゃない」彼女はなんだか怒っているみたいだった。

「妹を抱くんだって、ただそう思っただけ、純粋に」

「なんか言葉に棘がある気がするな」彼女は僕の顔なんか見ていなかった。

「別に棘なんかないわよ」口調もいつもと違う。

「あるよ」

「ない」語尾が下がっている。

「たださ」

「うん」

「私のこと、どう思っているのかわかんなくなる」

「なんで」

「わかんない」

「好きだよ」

「だから?」

「好きだって」

 彼女はまた口ごもった。一瞬唇が動いたが、何かを飲み込んだ。

「どういう風に?」

「わかんないんだ」と僕は言った。

「意味わかんない」彼女の声は震えていた。

「意味わかんない」

「ごめんな」と僕は言った。それしか言えなかった。

「わからないんだ」

 僕の言葉だけがこだました。彼女は震えて、この時が永遠に続くかと思われた。


 僕は氷るべきだったのだ。




 時は流れる。それを止めることは誰にもできない。





「会って欲しい人がいるの」


 彼女と知り合ってから一年、ある春の晴れた日に彼女は何かの宣言のように唐突に言った。

「はあ」

 あまりの突然の宣言に、僕は間抜けな返答しかできなかった。

「SNSで知り合った人なんだけどね、とてもいい人なのよ」彼女は頬を紅潮させ、少しだけ声を高くして言った。

「その人に会って、話してほしいの」

「はあ」僕は疲れていた。何が起こっているのか、何に巻き込まれているのか、自分でもわからなかった。ただ何かが僕の知らないところで起こっていることだけは理解できた。

「とってもいい人なんだけど、お兄ちゃんの意見も聞きたいから」彼女はうきうきした顔で言う。

「うん」頭が働かない。

「きっと気に入ると思うし」

「はあ……(?)」


 わからなかった。彼女の意図していることもわからなかったし、自分がこんな状況に置かれていることさえわからなかった。時間にも空間にも、何もかもに置いてかれたような気がした。

「日曜は空いてるでしょ?」

「実験しなけりゃね」

「もっと休まなきゃ」と彼女は笑顔で言った。

「週七で実験してるんだから、気分転換も必要よ」

 彼女の声はいつもより高い気がした。なんだかそれを聞いていると自分がずいぶん遠くに来てしまったように思えた。

「そうかな」

「そうだってば」

「まあ、行くよ、とにかく。行けばいいんだろ?」

「来て。彼、本当にいい人だと思うの」彼女の目は輝いていた。

「お兄ちゃんにも、ちゃんと知って欲しいの」

「わかったって」僕はもう彼女の声を聞きたくなかった。

「行くってば」

「わかった、ありがとう」彼女は満面の笑みで答える。どうにでもなれと思った。

「日曜二時。遅れないで来てね」彼女は僕の肩をたたいた。

「わかったって」

「ごめん、一時半」

「わかったってば」僕はちょっと大きな声で言ってしまい、口に出してから自分の声にうんざりした。



 その日はまさに『しかるべき』日曜日だった。天気は良いし、花も咲き始めたし、コートがいらないほど暖かい。まさに幸福な日曜の幕開けだった。妹の懇意な人に会うという一点を除いては。


 僕は一時四十五分に言われていた喫茶店に着いた。

「やっぱり遅れた」ブラウスにスカート姿の彼女が笑いながら言った。

「ごめん」

「大丈夫。どうせ彼は二時に来るんだから」

「へえ」彼女は僕が遅れることを予想していた。でもだから何だというのだ? 実際に僕は遅れた。


 僕らは大しておいしいとも思えない(それは僕にとって苦すぎた)コーヒーを飲み、特に何を話すわけでもなく彼を待った。



 「彼」は約束の二分前にやってきた。

「あ」

 彼女は「彼」を見つけた。

「こっちこっち」

 彼女は高い声で言う。眼鏡をかけてやせ形で猫背の、これと言って特徴のない男だった。

「こんにちは」彼は優しい口調で言った。なんだか眠くなるような声だ。

「こんちは」と僕は言った。ふふふと彼女が笑った。

「伊勢槙弥です。彼女とは同じ大学にいます」僕は通り一遍の挨拶をした。

「吉田孝臣(よしだたかおみ)と言います。いやあ、若いですね。まだ学生だなんて」

「普段は何を?」

「プログラマです」と彼は答えた。

「と言っても、すごく末端なんですけどね」

「そんなことない」と彼女はすかさず言う。

「彼、M商事なの」それは誰もが聞いたことのある大企業だった。

「へえ」と僕は言った。それしか言いようがない。

「すごいですね」

「いえいえ」と彼は笑顔で首を振った。

「そちらこそK大学なんてすばらしい」

「大学はどちらで?」また通り一遍の質問だ。なんだか本当に眠くなってきた。

「僕は国立だったんです。S大学ですね」彼は得体のしれない僕の質問にも気さくに答えた。

「S大学も研究が盛んですね。理系は強いと聞いております」

「いえいえ」彼はまた謙遜した。『いえいえ』。

「僕はしがないプログラマですよ。ちょっとだけ人よりパソコンには詳しい」

「へえ」と僕は言った。

「今度教えてください」

「僕も教えてほしいですよ。なんでも、お兄様は脳科学の研究をなさっているとか」

お兄様? 僕は一瞬耳を疑ったが、スルーすることにした。

「まあ、でもそれは長くなるので、今度でいいでしょう」本音だった。こんな映画に出てくるような天気のいい日曜の昼下がりにする話題ではないのだ。


「もっとあなたのことが知りたいです」と彼は言った。

「長束さんとは何度かお会いしていますが、会うたびにあなたの話を聞きますから。すごく今日楽しみにしていたんです」

「へえ」返事のしようがない。

「普段はどんな話を?」と僕は吉田さんに聞いた。

彼女がふふふ、と笑った。

「いろいろですよ。あなたに論文を読んでもらった話とか、実験の相談にのってもらった話とか、あなたが鳥の観察に二時間もかけてしまうこととか」

「はあ」

それは確かに全部僕のことだったが、こうして聞いてみると、なんだかひどく他人のことのように思えた。

「鳥の観察が趣味なんですか?」

「ええ、鳥の鳴き声を聞いたら、だいたい何の種類かわかります」

「それはすばらしい」と彼は言った。

「それはすばらしい」

「いえいえ」なんだか僕も彼になってしまったみたいだ。

「ただ好きなだけです」

「お兄ちゃんは鳥が飛んでいるところ見ただけで、わかるもんね」笑顔で静観していた彼女も会話に加わった。

「それはすごい」

「『いえいえ』」なんだか本格的に眠くなってきた。

「ただ好きなだけですから」他人の声みたいだと思った。

 それからは何を話したのか覚えていない。ただその日はそのあと実験もせず、泥のように眠った。



 なっちゃんとはもうあまり頻繁に会わなくなっていた。メールでのやりとりはしたが、何となく吉田さんに気が引けてこちらから連絡を取ることができなった。今頃彼女は彼に抱かれているのかもしれない。そう思うと僕は本当に世界で独りぼっちなような気がした。もともと自分は一人でただ元に戻っただけだったが、もう以前のように何も感じずにはいられなかった。



 誰にも止めることのできない時が、過ぎてゆく。




 惑星の軌道は、再び重なり合った。一度すれ違った惑星がこの広い宇宙で出会う確率は、無視できるレベルのゼロ……



な、はずだった。




 僕が彼女を見かけたのはさらに一年後、京浜東北線のホームの向かい側だった。僕は学会の帰りで、たまたま駅に寄ったのだ。彼女はリクルートスーツを着ていて、携帯で何かを確認していた。僕の視線には全く気付かないようだ。

 不思議なことだが、彼女を見た瞬間、なぜか急に叫び出したくなった。全身の細胞が活性化し、急に何かがみなぎるのを感じた。 

 僕の手を夜通し握り、無防備に眠る彼女を思い出す。

 そうだ、なっちゃんは僕に身を任せていた。強張って震える肩も、ちょっと動かしただけでふにゃふにゃになる声も、だめって言いながら二人でだめになったことも。

 普段は聞けない声、勝手に動く腰。何度も何度も『むこう側』に行き、一気にきつくなって緩んだ。

 何度「だめ」と言われただろう。

 わからない。何かが弾けそうになる。


 携帯を見る。連絡はない。僕は彼女にメールを送ろうとする。言葉が出てこない。どうすればいいのかわからない。

 走った。僕は、向かいのホームまで。彼女は一瞬僕の顔を見たが、何の反応も示さない。僕は反対方向に乗る彼女を追いかけた。彼女が電車を降りるのか乗るのかさえわからない。でも僕は追いかけた。しかし彼女は何処にもいない。もうどこにもいないのだ。

 彼女はどこにいるんだ? たくさんの人混みの中で僕は彼女だけを探し続ける。それが今の僕にできるたった一つのメソッドだった。


 ちょっとしたことなんだ、と思う。

 いつもきっかけは蝶の羽の音くらいちょっとしたことで、気づいたら僕の大半を占めている。気づかないうちに侵食されている。気づかないうちに、道はどんどん逸れていく。


 思い出す。彼女が初めてうちのラボに来た時のことを。あの日、彼女はどんな服を着ていただろう。今となってはもうそれも闇の中だ。

 彼女の体の感覚は、僕はいまだに覚えている。頑張れば頑張るほど悦んでくれる彼女の体を。

 思い出す。初めて彼女とちゃんと話した時のことを。

 思い出す。彼女が発した言葉の一つ一つを。

 何もかもわからず、不誠実で、バカだったあの頃。今ならわかる。どうするべきだったのか、何を言うべきだったのか。でももう、ぼくにはどうしようもない。惑星の軌道は変えられてしまった。


「二つに分かれてしまう」

と彼女は言った。

「不思議だな」

「不思議で、」彼女は淡々と言う。

「とても悲しい話」


 そうだ。彼女は僕に向かって話しかけてくれていた。


 今なら伝えられる。

 今ならきっと、なっちゃんに伝えられる。



「好きだよ、もちろん」

「家族として?」

「家族としても」

「妹として?」

「妹としてもね」

「私のこと、どう思っているのかわかんなくなる」

「なんで」

「わかんない」

「好きだよ」

「だから?」

「好きだって」

 彼女の唇が一瞬動いたが、出そうとした言葉は飲み込まれてしまった。やがて

「どういう風に?」と聞いた。

「わかんないんだ」と僕は答えた。

「意味わかんない」彼女は震えていた。

「ごめん」と僕は言った。それしか言えなかった。

「わからない、けどとても好きなんだ。理屈とか理論とか、全部、全部超えて」

「意味わかんない」

「意味がわからないんだ」と僕は言った。


 そういうものなんだから。



 生まれて初めて、僕は走ったのかもしれない。



 〈了〉

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