Vè-dé.

 アルカの青甲冑ブルーアーマー隊は蝗の群れのようだった。見境なく襲い、殺し、犯し、奪い、焼き払いながらヨールの森を進んでいた。

 ジャンボデュジャポンに勝ち目はない。

 勝利を確信するブルーアーマーたちは足取りも軽く、略奪品を玩具に進む。血と戦の臭いを放ち、下卑た笑みを浮かべて全裸の捕虜に鞭を打つ。


「歩け、歩け! 尻に槍をぶち込むぞ!?」


 鞭は娘の肌を裂き、背に新たな筋を刻んだ。痛みに震えて転んだ。足裏はすでに爛れ、泥で真っ黒になっていた。

 森が開ける。鋭い陽光に先頭を行く娘が目を瞬かせた。

 やっと終わる。

 この無意味な行軍も、自身の命も。

 娘は諦念から面を伏せ、はっ、と身を固くした。鞭で打たれる。そう覚悟した。

 しかし。

 鞭は飛んでこなかった。代わりに――、


「……なんだ、あいつは?」


 尖兵が言った。

 平原と城壁の中間に、一人の騎士が佇んでいた。

 右肘と右のすねに赤い甲。左脇には赤い開口型兜オープンフェイスを抱えている。そして、右手の横に、斧槍ハルバードを突き立てていた。

 娘は目を見開いた。あれは。あのお方は。

 どこからともなく現れ、自らジャンボデュジャポンの赤闘士レッドファイターに志願した女騎士。豊満な胸を潰して隠す白と黄の横線をいれた胸甲は。


斧槍の女神ハルバーディア……イース・ラー……!」


 イースが兜をかぶり、斧槍を持った。右手の小指を石突にかけるようにして握り、左手をつける。尋常ではない斧槍の用法だ。顔だけはこちらで躰は横を向いている。


Vè-ヴェー, Vè-Vè-Vè-ヴェーヴェーヴェー


 歌声を風に乗せ、イースが斧槍を左肩に担いだ。詠唱だ。斧槍に宿る力を使おうというのだ。掌を伸ばし、屈めとばかりに振っている。娘たちが慌ててしゃがむと、尖兵が吼えた。


「おい! 誰が座って――」


 声は続かなかった。

 イースの詠唱が聞こえたからだ。

 

Vè-déヴェーデ, Vèndéヴェンデ, dédédéデデデ, Vè-dé-dé-ヴェーデーデー


 大きく背中を反らした。尖兵を睨み、前屈みに構え、立てた斧槍を左肩の後ろまで引く。


Vèndédé-déヴェンデデーデ, dédédéデデデ, Vè-dé-déヴェーデーデ.」


 イースは右足を僅かに上げたかと思うと斧槍を振るった。肘を畳み膝下の何かを叩き飛ばそうという、奇妙だが力強いスイングだ。斧槍は大地を断ち割りながら孤を描き、ついには空を薙ぎつつ天を斬る。

 娘たちの背後で、どしゃり、と一斉に水音がした。立ち籠める死の匂い。

 振り向けばブルーアーマーの躯だけがあった。

 娘は、イース・ラーを見やった。


 女神は、虚空の何かを目で追いながら斧槍を放り、悠々と駆け出した。

 

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