生JK弁当

 昼休みがきた。無数の労働者がが同じ時間に外出、飲食店の椅子を取り合い、コンビニの棚を空にし、弁当持参者も場所に難儀する。

 労働者が鎬を削る地獄の時間に、路地裏から列が伸びている。

 脂ぎるオジサンが七。見た目は真面目そうな男が二。同類のみ嗅ぎ取れる腐臭を放つ女が一。弁当屋に並んでいる。

 切り盛りしているのは二十代後半の女だ。三角巾から金髪が一筋。愛想も手際もいい。順番の来た男が挙動不審に注文する。


「な、生JK弁当ひとつ……!」


 店主はにっこり応じた。


「はーい、生JK弁当ひとつー」

 

 振り向き、作り置きを差し出し、


「千八百円になりますー」


 代金を受け取った。

 高い。高いが、列は切れない。

 一時間が矢のように過ぎ、疲れた顔の店員が出てきた。涼し気な目元の若い女だった。


「……店長、相談が……」

「おつかれー、舞ちゃーん」


 嬉しげにハイタッチを求める店主。仕方なしに応じるまい

 だが、舞は、今日こそはと決めていた。


「メニュー変えません!?」


 四半世紀前に存在したとされる『青性裸ぶるせら』めいた名前の弁当が気に食わなかったのだ。

 

「生JK弁当ってなんですか!?」


 切実だった。舞は女子高生であるがゆえに間違っていないがため切実だった。

 店長が平然と答える。


「生上州こんにゃく」

「イニシャルJK!」


 舞は店の床に吼えた。

 店長が困り笑いした。


頭文字イニシャルDみたいに言わないでよー」

「は?」


 舞の眉が歪んだ。店長の眉も歪んだ。


「お店にユーロビートかけちゃうー?」

「いや意味が……」

「それより舞ちゃん、これ、新作」


 店長が出した絵を見て、舞は声を大にした。


「生脱ぎマイクロビキニ弁当ってなんですか!?」

「弁当の戦術核」

「は?」

「知らない? ビキニってファッションの原子爆弾って触れ込みだったの。マイクロビキニだから戦術核ね!」

「……でも、これ……」

 

 舞は拙い絵につけられた注釈を読む。小梅の日の丸弁当に薄焼き卵。海苔弁の亜種――だが。


「パンツ卵の下に刻み昆布は下品すぎません!?」

「え?」


 はわわ、と店長が開いた口を塞いだ。


「舞ちゃんまだ生えてないの!?」

「ちゃうわぁ!」


 舞はブラジルに届けと吼えた。息を切らし、涙ながらに尋ねる。


「このJKの匂いつきパスタってなんです……? こんにゃくって匂いします……?」

「それは女子高生だけど」

「は!?」


 驚愕する舞に、店長は微笑んだ。


「舞ちゃんの手作りペペロンチーノ♪」

「私の匂いぃ!!」

 

 やめよう。そう決めて二ヶ月が経っていた。

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