合点承知之助の乱

 久方ぶりのデートは人の少ない初演で映画を見てランチして買い物に――そんな予定だった。

 和葉かずはは、なぜか苛立ち気味の日下くさかに、ファミレスへと連れ込まれた。

 何かやっちゃっただろうか。

 困惑しきりの和葉に、日下が言った。


「お前さ」


 お前。日下は普段は名前呼びだ。和葉をお前と呼ぶときはマジギレしている。これまでに二度、互いの言い分ががっぷり四つで破局寸前までいった。それでも続いていると、あの危機が二人の絆をうんぬんとなる。

 が。

 今回は思い当たる節がない。

 とにかくムダに刺激しないように聞くしかないと、和葉は思った。


「えと……ど、どうしたの?」


 はー、と深く重い息をつき、日下がコーヒーをすすった。ずずずと鳴った。ちょっと乱暴に置かれたカップの黒面が振動で波打っていた。


合点承知之助がってんしょうちのすけって誰だよ?」

「――へ?」


 日下が眉を歪め、尖った声音で尋ねた。


誤魔化ごまかすなよ。合点承知之助って誰かって聞いてんの。男の名前だろ?」

「――は?」


 ――は!?


 二度目の間が抜けた単音は和葉の胸のうちで反響した。

 誰だよって……いや、誰よ。


「え? なんで? は?」

「は? じゃないよ。昨日、待ち合わせの連絡したとき」

「待ち合わせの……」


 和葉の脳裏に昨夜のやりとりが過った。


『じゃあ初演の九時に合わせる感じで』

『合点承知之助!』


 ……ああ!


「書いたわ! そんなの!」

「書いたわじゃないって。誰なのそいつ」

「え? いや、別にあれはそういうんじゃ――」


 じゃなくて――なんだ?

 和葉は眉を寄せた。

 昔、祖父がたまに使っていて、語感がいいから何度か使ったことがあるだけ。

 

「そういうんじゃないなら、なんだよ?」


 日下が真剣ガチ声音ノリで言った。

 

「えっと……」


 和葉は虚空を上目みる。

 慣用句……ではないか。

 諺……も違う。


じん……めい……?」

「んなの分かるよ。誰なのかって聞いてんの」

「誰って……」

 

 考えてみたら、どこの誰かは知らない。江戸時代くらいの人だろうか。


「つい出ちゃったっていうか」


 予測変換で。

 日下は言った。


「どっち取るの?」

「え?」

「俺と、合点承知之助」


 いやお前だよ。つか合点承知之助は取れないよ。

 ――取れないよね?

 つつ、と和葉が首を傾げると、


「お。ここにおられたか」

 

 知らない声が降ってきた。

 日下の視線が鋭くなる。和葉は肩越しに振り向いた。


「いやはや、探し申したぞ」


 快活に笑う武士が居た。


「だ、誰?」


 和葉の頬が引きつった。

 武士が、むはっ、と一息笑った。


「冗談は由之助よしのすけ


 もっと誰。

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