ポン刀にあった怖い話

 今年の夏はオールディーズに決めようぜと夏木なつきが言った。何すんだよと問うたら、百物語をしたいときたものだ。


「……いや、俺とお前の二人だけで?」


 オールディーズというよりオールドスクールだなと思いつつ、春海ドンペリは尋ね返した。百本の蝋燭を準備するのも大変なら、被り無しで五十話ずつ百話を用意するなど狂気の沙汰に思えた。

 夏木が苦笑する。


「さすがに一人四十話はキツイだろ」


 五十話だっつの。春海は口の中でツッコミを入れた。夏木は算数が奇跡的なまでに苦手なのだ。

 

「せっかくだから、秋男あきお冬王スノーキングも誘ってさ。それなら一人あたり……七話くらいだろ?」


 また奇跡が起きた。最近は奇跡が頻発する。

 春海は渋々うなづいた。


「んじゃ、蝋燭は俺が集めるわ。場所の確保よろしく」

「任された。楽しみだな。百物語」

 

 そして、夜が来た。

 カーテンを引いて暗くした一室に、男が四人。中央には、コロナ対策として十字型に組み合わせたアクリル板を立ててある。足元には蝋燭が一人一本。十個百円のライターが一つずつ。ライターで火をつけるのが怖いという夏木だけチャッカマンだ。

 すでに、五回づつ話していた。

 話しては消し、次の話の前につける。エコ百物語である。蝋燭も火持ち優先でアロマキャンドルである。四個セットで香りが違うのは誤算だった。部屋は、ラベンダー、シナモン、ベルガモット、パチュリの匂いが混じる異様な臭気に満ちていた。

 耐えられなくなったらベランダに近い冬王がガラス戸を開ける。夏木はくスノーク換気システム。

 

「――で、俺は死んだわけよ」


 じゃあお前は誰なんだよ。春海は内心でツッコミつつ、夏木が蝋燭を吹き消すのを待った。臭気にやられたか元からか、同じ話を二度していた。チャッカマンでおっかなびっくり火を灯し、ひょー、こえー、と盛り上がっていた。


「じゃあ次、俺の話な」


 春海ドンペリが言った。だいぶアルコールが進んでいた。


「まず俺んチ、ポン刀あるんだけどさ」

「――怖っ!?」


 皆が、春海を見た。


「なんだよ、そこは別に怖くねえだろ。爺さんの趣味で押入れにいっぱいあんの」

「いや怖いだろ」

「いや怖えのは二振りくらいしかねぇから」

「二本あるの!?」

「だから。話が進まねぇだろうが」


 春海はため息交じりに言った。


「で、たまに爺ちゃんが家ン中で振り回すんだけど」

「いや怖ぇよ!?」

「だからぁ!」


 春海は超絶イラついていた。

 ポン刀という単語が出るたびに、夏木が「ひょー! こえー!」とはしゃいだ。

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