新型の入道雲

 梅雨が帰ってきたかのような重みが抜けると、コバルト色の空に、高く、大きく、入道雲が膨らんでいた。

 夏だ。

 地表の生き物などお構いなしに、毎年、毎年、変わりなく現れる、この地球ほしが滅びるまで続くであろう夏の象徴。


「もう飽きたよーって思いません!?」


 帰省ついでに寄った叔母の家のテレビの中で、青スーツの男が甲高い声で言った。


「たしかに入道雲は美しい! 綺麗ですよねー。大人になると懐かしくもなります。ですが。でーすーがー、」


 男が両手をズバッと広げた。


「飽きる! もう昔ながらの入道雲は飽きたよー、っていう方にはこちら!」


 男がカメラに向かって右を映すように手を動かすと、画面がスルリとパーンした。

 大型のモニターに映る、入道雲。


「最新型の入道雲でーす」


 男はテレビのリモコンを思わせる灰色の板を握り、モニターに向けた。


「青い空に白い雲。気持ちいい。でも毎年みてると飽きちゃう。だったらこちらの入道雲。こちらなんと……色が変えられまーす!」


 男がボタンを押すと、モニター内の入道雲がパッと紫色に染まった。

 と、同時に。

 私は、窓の外が紫づいたのに気づいた。

 窓。テレビ。窓。テレビ。二度も二度見している間に、男が続けた。


「この紫色の雲は紫雲と言いまして、阿彌陀あみださまをお迎えするときに現れるとされています。つまりは。つまりはですよ? こちらの最新型入道雲ですと、いつでもどこでも、好きなときに阿彌陀さまをお迎えできちゃうんですねー。すごいでしょー?」

「――すごい」


 私は思わず呟いていた。

 男が言う。


「でもでも、阿彌陀さまを気軽に呼ぶのは失礼じゃない? そういうときはこちら」


 今度は窓の外が赤くなった。モニターの雲も赤い。


「赤雲に変えて夕暮れ気分! 僕は夏らしい楽しい夜がいいな。そういうときは」


 窓の外が七色に点滅を繰り返す。


「パーリィ入道雲となっておりますー。素晴らしいでしょう? ――でもそれだけじゃないんですよ? これまでの入道雲って、入道雲としてしか仕えなくて邪魔なんだよなー、なんて思ったりしましたよね。そこで、」


 男がボタンを押すと、入道雲の中腹が引き出しのように飛び出した。


「こちら収納ボックスとしてもお使いいただけます!」


 私は窓に駆け寄り空を見上げた。

 入道雲の引き出しに、防虫剤がぶら下げられていた。


「……今ご購入いただけますとノーマル入道雲もプレゼント! さらにこのリモコンと、電池、使い捨て夏の風とハンディ雷もお付けしまして――」

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