賢者の石:リベンジ
賢者の石――それは鉛を黄金に変えると言われる、伝説の物質。
手にすれば巨万の富はもちろんのこと、永劫の名声も約束される。
錬金術師を志すものは誰しもが追い求め、錬金術とはすなわち賢者の石を求めることに他ならないとも言われる――。
「……こんな夜更けに呼び出すなんて、御師様は何を考えておられるのだ……」
錬金術師バンクスも、その賢者の石を追い求めてきた一人だった。
バンクスは、夜分に汗まみれでやってきた孫弟子――弟弟子の弟子の弟子――から受けた手紙を見て呟く。
「来い、か。相変わらずだな……エルヌンティウス様も」
錬金術の帝王と称されるエルヌンティウスに師事し、気づけば二十年あまりが経とうとしていた。すでにバンクス自身は世帯を持ち、二人の息子も独り立ちが近づいている。最近は妙に反抗的だが、若かりし頃の彼自身もそう見えていただろう。
「変わらないのは御師様だけか……」
バンクスは薄くなった頭を撫であげた。
『お前には才がある。儂に仕え続ければ、いずれ賢者の石の製法をくれてやろう』
それがエルヌンティウスの口説き文句だった。
皇帝の御前で黄金を作ってみせた彼の言葉を疑うなど、当時のバンクスには不可能だった。
――いや、信心という点に限れば、今も疑っていなかった。
「お待たせいたしました、御師様」
バンクスは慣れた調子でアトリエに入った。年輪を重ねた錬金術の帝王は、実験機材の山の向こうの寝所で、苦しげに息を吐いていた。
「ご機嫌はいかがですか、御師様」
齢にして七十を超えるエルヌンティウスが生きながらえているのは、バンクス自ら賢者の石を生成しようと重ねた実験の副産物として得られた薬のおかげだ。
エルヌンティウスは薄ら笑いを浮かべ、バンクスを指招きした。彼が耳を寄せると、掠れきった声で言った。
「お前のおかげで、楽しい人生を送れた」
「――何をおっしゃいますか、御師様。また元気に実験を再開できますよ」
「いや、いいのだ。それよりも、お前には、伝えておかなければ」
「……何をです?」
「賢者の石の作り方だ」
まさか。そんな。バンクスは思わずエルヌンティウスの目を見やった。
疲れ切った老人の目だった。
「製法は隠し扉の奥にまとめてある……だが、心しておけ」
エルヌンティウスは言った。
「賢者の石は尿管にできる。そして――ごっつい」
瞬間、バンクスは察した。
「御師様、まさか……」
エルヌンティウスが顔中に冷えた汗を光らせ、皮肉に笑った。
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