本当にあった怖い話

 夏になると怪談話が気になる。

 普段はホラー映画で目を塞ぐ同期の千間ちま小町こまちもそうだった。

 異様に早く梅雨が開けたある日。しま海人かいとは安アパートの呼び出しベルを鳴らした。

 返事がない。


「チマコー、生きてっかー」


 千間小町のあだ名だ。背が低いからチマコである。


「……あいてるよぉ……」


 と、気怠げを越えた倦怠の先、怠惰の奥地の堕落に片足を注いだ声がした。

 

「いや女の一人暮らしは閉めとけよ」


 海人はツッコミを入れつつ扉を開いた。むわっと流れ出る熱風。女の部屋に特有の甘い匂い。腐った野菜。汗。カビ。特定層に大人気の発酵臭。


「くっさ!?」

 

 海人が顔を背けると、部屋の奥でチマコが吠えた。


「臭いって言うな!」

「いや臭ぇよ! 窓開け――って、開いてるじゃねぇか!」

「だってクーラー壊れて……業者は一週間かかるって……」


 嘆く半裸のチマコに、海人はアイスを渡しながら言った。

 

「なおさら掃除しとけよ。業者が発狂するぞ」

「男を狂わせる女――って、傷つくわ」

「とっくに傷物だろ」

「世の中には清純派のセクシー女優だっているじゃないか」


 チマコは嬉しそうにアイスをほじった。

 海人はゴミを足でのけ中腰になった。尻を汚したくなかったのだ。

 

「――俺の家に避難すっか?」

 

 尋ねた瞬間、チマコは冗談めかして胸を隠した。


「……違ぇ。幽霊が怖くて」

「……あん?」

「なんつーか、俺の部屋、出るんだよ」


 両手を垂らして幽霊の真似をし、海人は言った。


「部屋も片付けたいし、どうよ?」

「同期の女を誘おうってのに口説き文句があんまりじゃないか」

「鍵あけっぱの女に言われたくないわ。――どうする? クーラーあるぞ」

「行く」


 即答かよ。海人は苦笑し、チマコを部屋に連れ帰った。


「人のこと言えた部屋かね、ウミンチュよ」


 チマコの部屋には負けるが、なかなかの惨状だ。クーラーがあるだけマシ程度。


「――で。幽霊さんはいずこに?」

「作業してると出るんだ」

「ほう」

「んじゃ始めっから、チマコはリビング頼む」

「頼むって?」

「掃除。できねぇだろ、儀式」

「ふむぅ」


 周囲を警戒しながら掃除を始めたチマコの尻を横目で見つつ、海人は洗濯機を回し始めた。その間に台所。一緒にベッドを半回転してクーラーと向きを揃える。仕上げに海人はトイレを、チマコは風呂を掃除した。


「……おい! 幽霊!?」


 吠えたチマコに、海人は言った。


「いや、出てたろ」

「え?」

「人んを掃除するズボラ女の怪」


 チマコの鋭いボディチョップが飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る