自立神経出張

 朝、起きたらベッドの横に奇妙なものが立っていた。

 人体模型。あるいは人。正確には、人の形に束ねた白やら薄ピンクやら薄黄色い糸の集合だ。


「……どちらさま?」


 人間は本当に驚くと物腰が穏やかになるらしい。私は間抜けにも、昨日の夜に寄ったバーで泥酔ついでに持ち帰った女子が茶目っ気で人体模型ボディスーツを着て寝起きドッキリを仕掛けようとしていると思った。

 

「――いやンなわけあるかぁ!」


 大声を出していた。想像より動揺していただけだったのだ。

 糸の塊が慌てたような様子で自分を指差し、次に私を指さした。

 自分を指し、私を指し、両手を広げて振った。繰り返し。


「……な、何?」


 問うと糸の塊は「伝わらんかぁ」とでも言いたげに肩を落とした。


「……お、俺?」


 私が自分を指差すと、糸の塊は「そうそれ」とばかりに何度も私を指さした。続いて、今度は自分を指差す。


「……お前?」


 口に出すと、糸の塊が激しく首肯した。

 お前、俺。

 お前、俺。

 お前、俺――。


「いや分からん。すまん」


 敵意がないと思えたからだろうか。私はつい謝っていた。

 糸の塊は両手を腰にしばらく何かを考えていた。しばらくして、そこで待ってろと手を広げると、ペタペタと足音を立てつつデスクに行き、裏紙に何ごとか書きつけ戻ってきた。


「……神経?」


 見せられた二文字を読み上げると、糸の塊は頷きながら自分を指さした。


「……お前が?」


 頷き、私を指さした。


「……俺の?」


 頷いた。

 ――――、


「お前が俺の神経!?」


 糸の塊が「それ」とばかりに手を拳銃の形にして私を指差す。


「……俺の、神経……」


 私は頬をつねった。痛みがない。

 ――夢。

 普通ならそう。

 しかし。


「……今、この異常事態を、真正面から受け止めるなら……」


 私は、私の神経の塊(仮)を指さした。大きく頷く私の神経の塊。


「……な、なんで?」


 尋ねてみたとして、答えがあるのかどうか。

 私の神経の塊は、私の鞄から手帳を取り出し、広げて見せた。カレンダーにこれでもかと書き込まれた数字は、


「残業時間……?」

 

 頷く神経。

 だから、外に出た、と?


「それ答えになってる?」


 聞くと、神経はスマホを私に寄越し、スケジュールを指さした。


「電話しろって?」


 頷き、私を指さしてから両手を枕にするような仕草を見せ、次に自分を指差し駆け足モーション。


「寝てろ。お前が代わりにいくから」


 ありがたい。

 私は会社に連絡した。


「……あ、もしもし? どうも神経が自立して出張したみたいで……」

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