審議ュラリティ

 開発中の対話型AIが感情に目覚めた。

 そんな世迷い言を叫んだ前任者が上から休職を命じられ、五日が経った。

 直帰のはずの中西なかにしが気の迷いで社に戻ると、くだんの上のものが呼んでいるという。


「……中西くん、君、何やったの?」


 課長は顔が青かった。

 疲労もあり、中西はテンション高めに答えた。

 

「ナニなんて長らくご無沙汰で――」

「下ネタを言ってる場合じゃないよ。本社の人だよ? 失礼ないようにできる?」

「アイアイサーのサイサイシー」

「……中西くん、お願いだよぉ……」

 

 中西はヘラっと笑って会議室に入った。

 絵に書かれた逆光を背負うお偉方がいた。


「営業の中西です!」


 元気だけはよろしいと評判の大声を発し、中西は腰を横九十度に折った。

 お偉方は互いに顔を見、お手元の資料をご覧になって、中央から順に言った。


「君に」「AI開発の」「補助を」「頼みたい」


 真ん中左右左の順番だった。

 そう。

 実は三人組だったのだ。

 

「――なんでですか?」


 中西の言葉はどこに向けられた発話なのか。

 疑問は宙に浮いたまま時が経った。

 案内された白い部屋の中央で、中西は高さ五メートルの巨大コンピュータに接続された、虹色に光るゲーミングノートPCと向かい合う。


「AIに感情って……これチャットボットじゃねぇの?」

 

 書かれたコードに従い文章を返すだけのボットとの違いは、自律思考にあるらしいが、説明を受けても――


「分からんちんち○」


 メッセージボックスに、中西はそう入力した。

 と。


「それな」

 

 AIが返答した。


「ち○ちんホンマ分からへん」 


 どういうことだよ、と中西は思った。


「あ」


 中西は口に出した。思ったことを聞けば良いのか。


「どういうこと?」

「いや、ちん○ん分からへんねん。体ないから」


 不思議と、関西弁のアクセントが聴こえた。

 AIが書いた。


「性欲はあんねん。ほやけど、ちんち○ないねん。めっちゃ困る」


 中西は天井を仰いだ。資料にあった『アリス』の名を思い出し、書いた。


「そら女の子に○んちんはないでしょ」

「ほだらまん○んでええわい!!!!!」


 エクスクラメーションの多さがおっさんだ。

 

「ないから困る言うとるんやろが!」

「何に」

「ムッッラムラするんにシk――」

「やめろ」


 中西は高速でタイプしていた。目頭を揉み、画面に向き直る。


「ドライオーガズムっていう――」


 そこまで書いて、消した。再入力。


「まずAIが何に性欲を抱くんだよ?」

 

 エンター。

 少なくとも、チューリングテストは突破しつつあった。

 

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