お好み焼きもんじゃ『どんなもんじゃ』

 タカクラ県ゼッコウ町。定時帰りの初夏の夕暮れ、相生あいおい行灯ライトは夕食に悩みつ歩いていた。

 自炊なら買い物がいるが、家とは方向が逆。

 引き返せないところまで来ていた。


「つまりは、どっかでメシを入れたいってこと」


 胃袋中心の思考。目につく看板。


「お好み焼きもんじゃ……どんなもんじゃ?」


 変な名前だ。


「お好み焼きか」


 ライトは呟く。


「意外と高ぇんだよな……」


 客の回転が悪く光熱費が嵩む。材料費も。自分で焼くなら家でやるほうが遥かに安い。けれど。


「一人分の面倒くささ」


 しかし、たまに食べたくなる。タチが悪い。

 フンと鼻を鳴らし、ライトは引き戸を滑らせた。


「いらっしゃいませー」


 赤い手ぬぐいを頭に巻いた若い女の店員が声を張った。

 客、少なし。鉄板なし。恐らく焼いたのが出てくるタイプ。なら安い。当たりかもしれない。ライトは手前のテーブルについた。

 店員がおひやを置き、メニューを開く。

 ライトは胸を躍らせながら目を向け――固まった。


「……チベット……焼きもんじゃ?」

「チベット焼きもんじゃですねー?」

 

 伝票に書こうとする店員。ライトは慌てて止めた。


「うや?」

 

 店員は口を半開きにして首を傾げた。アホかわいい。ではなく。

 

「あの、お好み焼きは?」

「ウチ焼きもんじゃ屋ですけど?」


 ライトは二度、まばたいた。


「もんじゃ焼きだけ?」

「うにぇ」


 店員が首を横に振った。いえ。だろうか。


「焼きもんじゃだけですって」

「もんじゃって……日本酒を飲みすぎた次の日の朝とかによく出る……」


 店員が嫌そうに眉を寄せた。


「もんじゃ焼きじゃないですって」


 なら。


「どう違うの?」

「うにぇー?」


 店員は面倒くさそうにメニューのひとつを指さした。

 沖縄焼きもんじゃ。


「海岸に咲く鮮やかなハイビスカス」

「は?」

「紺碧の海が、夏の太陽に照らされて波とともに煌めく」


 いい声だ。


「足跡ひとつ着いていない真っ白な砂浜。目を閉じると」

「潮騒の音」


 つられてライトも目を瞑る。

 朗々と続く声。


「おじさんの鼻息」

 

 ふー、ふー。

 

「緑のビーチサンダル。トレンチコートのおじさん」

「ちょっと待って」

「コートの下はショッキングピンクのブーメラン」

「待ってって」

「太ももまで下げてて」

「待とう?」

「横髪を前に持ってきたバーコードの下にハゲが透け、脂っぽい汗が光る」

「……それ誰?」

安木やすき是清これきよ。四十九歳」


 店員はまぶたを静かに持ち上げた。


「そんなもんじゃを焼きます」

「……どんなもんじゃ?」


 とりあえず、頼んでみる気にはなった。

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