ジンセイカキン

 生きるには課金が必要なのかと気付いたとき、夏生なつおは三十路になっていた。

 勤居酒屋の厨房裏。灰皿の横。

 昼飯時の繁忙を凌いだ後だった。


「どもッス」


 バイトのヤスが加熱式タバコを片手にやってきた。


「休憩ンとき、いっつもここにいますよね、夏生さん」


 夏生はスマホから目を切り、ヤスを見上げる。

 

「他に行くとこあるか?」

「や、まぁ、そりゃそうなんですけど」


 プホッと煙を吐いて、また咥える。


「夏生さん煙草吸わないのになんでだろって」

「……癖」


 言って夏生はスマホを見つめる。もう二年か三年は経つ。

 路地裏を抜ける粘着質な風がヤスの吐いた煙を渦に巻き、彼の顔にまとわり付かせた。煙が目にしみたらしく、煩わしそうに左目を閉じていた。

 滲んだ涙を拭うようにヤスは眦を指先で撫でた。


「癖スか? スマホ見るのが?」

「……まぁ、そう」

 

 夏生は暗い液晶を見つめる。前は、ここでソーシャルゲームをやっていた。


「ヤスは今月までだっけ?」

「え? あ、はい。そッス。やっと金が溜まって」


 じゃあ、いいか。

 夏生は立膝に肘を置き、スマホを持つ手をだらりと垂らした。


「いつもここでね、ソシャゲいじってたんだよ」

「マジすか。バイト中スよ」


 ヤスが苦笑していた。俺は契約社員だよと思いながら夏生は話を続ける。


「けっこう課金しててな」

「うぉ。ガチな奴スか」

「まぁな」


 大学二年の夏に親の会社が潰れた。家族は離散。中退。居酒屋のバイトになった。春に始めたソシャゲだけが当時の自分と過去を繋げていた。


「二年前にサ終よ」

「えーっと……」

「サービス終了。終わったってこと」

「ああ。なる」


 数えると約六年。ソシャゲとしては続いた方だ。癖にもなるさ。


「酒は合わないし煙草は吸わないし、家はボロだし」

「ボロって」


 ヤスが肩を揺らし、吸い終わり黒ずんだ煙草を灰皿に落とした。


「金、意外と貯まるけど遊ぶには足らないんだよ」


 募金のつもりで課金した。いくらかの重課金者で運営を保っていたのか、少額課金でも過去の自分は上位にいられた。


「終わるとき、ふと計算してみてさ」

「えーっと……課金額?」


 夏生は頷き、ため息を吐くように呟いた。


「積もり積もって三百万」

「え」


 ヤスの顔が歪んだ。

 大学やめなくてもよかったんだよ。

 夏生は腰を上げ、尻をはたいた。


「あんま無駄遣いすんなよ?」


 ポンとヤスの肩を叩き、夏生は厨房に戻った。

 止めたら溜まった三百万。

 通り過ぎた時間が十年。

 サ終が怖くて、もう課金できない体になっていた。

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