イヤボーン症候群

 フォルツァ機甲師団が最重要目標と定めた少女に接近しつつあった。

 見た目は十四、五の少女。地方都市の駅前で一日ねばれば百人は見かけるであろう垢抜けない雰囲気。資料によれば、両親は九才のときに失っている。秘匿事故七号によるだ。親戚縁者はなく、保護施設へ移送され、同じことが起きた。

 これまで報告された秘匿事故十四件のうち、十一件への関与が疑われている。

 一度、事故が起きれば、少女を中心に五百メートルが跡形もなく吹き飛ぶという。

 資料では知っていた。

 しかし、字面から危機感を得るのは困難な作業だった。

 少女は怯えていたのだ。

 隊員のボディカメラが少女の声を拾う。


「来ないで!」


 そう叫んでいた。

 緊急時に備え少女から三百メートル後方に控えた装甲指揮車両で、森里もりさと少尉はマイクを取った。

 

「銃を下げて。僕の仮説が正しければストレスが引き金になるから――」

 

 内心、自分が行くべきだったと舌打ちする。

 機甲師団所属の尖兵は全員が屈強な男たちだ。歴戦の兵士から放つ殺気はどれほど注意しても隠せない。特に、少女のような、敏感な者たちの前では。

 ボディカメラに隊員の太い手が写った。


「いやぁ! 来ないでぇ!!」

「落ち着け! 何もしやしない!」


 隊員の鋭い声に森里は思わず叫んだ。


「ダメだ! 大声を――」

「イヤァァァ!!」


 叫び、少女が隊員の手を振り払ったときだった。

 画面が真っ白になった。認識した瞬間、森里の躰が宙に浮いた。いや、指揮車両が回転を始めようとしているのだ。

 ゴン。

 鈍い音が響いた瞬間、車両が紙くずのように引き裂かれ、揉まれ、転がった。

 十分か、十五分か。

 森里は目を瞬かせた。全身の骨が軋み、あちこちから血が垂れていた。まるで巨大なミキサーにかけられたような気分だった。

 森里は指揮車から這い出て、唾を飲む。

 機甲師団は鉄屑と死体の山になった。少女を中心とした五百メートルの廃墟。なぜ自分が行き残ったのか――。


 悲劇を終わらせるためだ。


 森里は少女の前まで這いずり、声をかけた。


「君のそれ、直せるかもしれない」

 

 少女の肩が小さく跳ねた。

 振り向く泣き顔に、森里は重ねて言った。


「たぶんそれ、ちょっと激しいチックなんだよ」


 激しいストレス化で発生する不随意の筋運動をチックという。

 反応は多岐に渡り、汚言症のように後発的な反応もある。

 ならば。

 イヤボーンもまた、チックの一種なのでは。


「まず薬で抑えて、ストレスコントロールの練習をしよう」


 森里には確信があった。

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