昨日もらった明日からの手紙

 昨日の夜、郵便受けが鳴った。こんな夜更けに誰だろう、と覗いてみると、明日からの手紙が入っていた。差出人はおれで、文面は単純。


『一昨日書いた手紙は無視できない。明日あたらしく書くから昨日届いた手紙を修正してほしい』


「……意味が分からねぇ」


 昼。喫茶店に呼び出した友人の咲春さくはるは、手紙が入っていた白い封筒と便箋をテーブルに投げた。

 

「俺もだよ」


 言って、俺はメキシカンコーヒーを口に含んだ。メキシカンコーヒーと言ってもテキーラカクテルの方ではなく、シナモンと豆を一緒に煮出すカフェ・デ・オジャでもない。メキシコ産の黒糖――厳密には未精製の砂糖――ピロンチージョをメキシコ産の豆で淹れたコーヒーに砕き入れ、チリパウダーを振った代物だ。店主が一度も行ったことがないメキシコへの偏見のみで作ったメニューである。

 

「まず明日からって何だよ」

 

 咲春が不機嫌そうにアメリカンコーヒーをすすった。もちろん想像上のアメリカを意識したバターコーヒーの一種である。

 俺は言った。


「消印」

「……おお。って地元かよ」


 そう。八十四円切手の上に年号と日付入りの黒スタンプが捺されているのだ。


「印章偽造は最大で五年の懲役だぞ」

 

 咲春が俺を睨んだ。失礼な話だ。


「するわけないだろ」

「だよな。やったとしたら暇人すぎる」

「暇は暇だけどさ」


 不本意ながら。


「で? 俺に見せてどうしようって?」

「相談だよ」

「無視しろよ、こんなん」

「いや、気になるし」

「そりゃ気味悪いだろうけど――」

「じゃなくて」


 俺はチリパウダーの瓶を取り、三回、コーヒーにふりかけた。


「俺は手紙なんて書いてねぇしさ」

「……そりゃそうだろ……?」


 咲春が眉を寄せた。


「え? 何? これが本物って前提で話してる?」

「仮にそうだとして。仮に」


 咲春は意図を察したのか頷きをくり返した。


「なるほどなぁ。だとすりゃ、あれだ。なんとかってアニメだかゲームだかあったじゃん。あれだろう。世界線が違うって奴」

「つまり、この手紙を書いた俺は別の世界線の俺?」

「そ。この手紙が届いたことで今日のお前の行動を――」

「それはいいんだけど」


 俺はコーヒーを飲んだ。


「この手紙はいつの俺が書いたんだ?」

「そりゃ明日だろ?」

「いや今日なんだよ」

「え?」

「手紙が来たのは昨日だから」

「ああ……ああ?」


 そうなのだ。日付は今日のものだ。

 つまり無視できない一昨日の手紙というのは、


「……この手紙かよ」

「な?」


 ちょっとザワザワしてくるだろ?

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