祖母の手料理

 四月。二年目の中学生活が始まろうかという頃。

 鳴川なるかわ香空かあくは春風に乗る花粉に思った。


「婆ちゃんのハンバーグ食いてぇ」


 昔、香空が祖母の家で当代はやりのライダーを真似て母に尻を叩かれたとき。泣き喚く彼を慰めようと祖母が作ってくれたのだ。美味かった。母方の実家に帰省する際は必ず頼んだ。

 それが、食べたい。

 香空は迷わず母に連絡した――が。


『めんどい』


 無情。しかし香空ももう中学生である。


『俺つくる』


 救急車のスタンプが返ってきた。ムカつく。

 しかし、意は汲んでくれたらしい。

 家庭科実習のエプロンが待っていた。


「……なんか違う」


 食後に香空が呟くと、珍しくワインを開けた母がへらへら言った。


「美味しかったよ?」


 もうそれしか言わない。違うのだ。


「婆ちゃんのとさ」

「……美味しかったよ」


 バカ舌か。香空は呆れた。


「次の休み、婆ちゃんに教わりに行くわ」


 母は泣いた。意味わからん。

 ともあれ、実際、祖母のを食べると、


「うまぁ……!?」


 合い挽きに卵の素朴ハンバーグなのに、と香空は軽く平らげ祖母に違いを尋ねた。


「それはね」

 

 愛情? と香空は自ら思い浮かべた単語に失笑する。

 祖母が柔らかに微笑んだ。


「婆ちゃんの手の皮膚常在菌だよ」


 斜め上だった。


「婆ちゃん手を洗うと常在菌のバランスが整うの」


 そうなんだ。香空は途端にうがいしたくなった。

 知ってか知らずか祖母は続ける。


「それと……手を出して?」


 香空の掌の上で、祖母が親指と他の指を擦り合わせた。降り積もる白い粉。

 戦慄する香空に祖母は言う。


「味の素だよ。婆ちゃん手から味の素がでる体質なの。それが水と混ざってグルタミン汁になるんだね。旨味成分だよ」

「グルタミン汁……!?」

「菌と旨味と、もうひとつ」

「まだあるの!?」


 動揺する香空に祖母は朗らかな笑みを向ける。


「婆ちゃん、死者の手コープス・ハンドを使えるから」

「……何それ?」

「腐敗を操る異能だよ」


 愕然とする香空。


「婆ちゃんはね、この地球実体と精神同位体アストラル・アイソトープを繋ぐ悪魔の罠――鬼力回路オーガ・サーキット干渉バイパスできるスプレッド・ギアだったの」


 絶句する香空。


「腐敗と発酵は同じだから、婆ちゃんがこねるとお肉が熟成するんだね」

「……だから、美味しいんだね」


 やっとの思いで香空が言葉を紡ぐと、祖母が優しく言った。


「安心して、かーくん。婆ちゃんの大脳辺縁系に見られるシナプス直列は遺伝的形質を有していない」

「ど、どういうこと?」

「組織は、かーくんに興味を示さない」


 それはそれで、なんか残念に思えた。

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