全知のポンチョ3

「それで。なんですけど」


 万智音はポンチョを抱き上げ低反発クッションに腰を下ろした。


「ポンチョは逮捕されるんでしょうか?」

 

 当然の疑問だ。いかに猫とはいえ国宝級の神器に触れたらメッしなければ。膝上のポンチョも不安そうだ。もちろん万智音にはそう見えるだけで当猫は興味ない可能性も高いのだが。

 女は正面に両膝をつきポンチョを見つめる。


「…………可愛い」


 たっぷりと間をとって可愛いと言った。万智音は即断で同意する。


「可愛いって。ポンチョ」


 頭を撫でると当然とばかりに瞬いた。主観が過分に含まれている。

 女はふらふらと手を伸ばしかけ引っ込めた。


「失礼」


 女は咳払いした。


「すぐに逮捕とはなりません。……ポン千代さんは猫なので」

「……ですよね」


 内心でホッと息をつきつつ万智音はポンチョの両手を取った。わっしょいわっしょい。特に意味はない。ポンチョもされるがままだった。


「ふざけないでもらえます?」


 男が冷えた声を投げ下ろした。

 万智音は口を噤んでポンチョの両手を離す。ポンチョは解放された両の前足を万智音が組んだ足のちょうど左足ふくらはぎに下ろして器用に座り直した。のかどうかは判然としない。

 男はどっこらせと床に座った。


「その猫ちゃん……ポン千代ちゃんが賢者の石に触れたのだとは思うんですよ」

「思うんですか」

「……映像では最後に触れているので」

「証拠は映像のみと」


 万智音はポンチョを守る気になっていた。

 男が気まずそうに頭を掻く。


「おっしゃるとおり証拠は映像だけで。そこで――」


 男の言葉を引き継ぐように女が口を開いた。


「ポン千代さんの指紋を確認しようと」

「指紋」


 万智音はポンチョを見やった。くるんとした目が潤んでいた。何かにゃと言いたげに見える。見える気がするだけで違うだろう。ポンチョは語尾ににゃをつけて安易に猫を装ったりしない。はずだ。

 

「ポンチョ。ちょっと手を貸して」


 万智音はポンチョの茶色い左前足を取った。人差し指で桜色の肉球に触れる。もう十歳なのにぷにゅぷにゅだ。少し力を入れると鋭い爪がにゅっと飛び出た。ポンチョが手を振り払った。攻撃的というより煩わしいご様子。


「……ニュースで見たんですけど」


 万智音は女に尋ねた。


「触ってたの爪の先っぽかったんですが」

「……なので指紋とれませんよね」

「ですよね」


 どうしたもんかと万智音はポンチョを見下ろす。

 勝ち誇るかのように顔を洗われた。可愛いけれど困らされる。そこがよかった。

 

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