全知のポンチョ

 ゼミの課題レポートを終えた浜那須はまなす万智音まちおは背中を反らして大きく伸びた。ポキポキと骨が鳴った。

 よし。

 お猫様と遊ぼう。

 万智音は二年も使い倒した緑の猫じゃらしを手に取った。


「おーい。ポンチョー。ポンチョー。遊ぼうぜー?」


 部屋の片隅のクッションでポンチョと呼ばれた猫の耳が跳ねた。顔色が左右で全く違う猫。右が黒。左が茶。全身に白黒茶色が斑に散ったいわゆるサビ猫――口の悪いものは雑巾猫と呼ぶ種の猫様。尻でくるんと丸まる短い鍵しっぽも特徴のひとつだ。


「おいで、ポンチョ」

 

 万智音はパタパタと猫じゃらしを振った。ポンチョがお座りして手を伸ばす。ひょいと躱して振った。ポンチョが首を傾げてじゃらしを目で追う。ぱたぱた。斑毛の前足がじゃらしを捉えた。するりと抜いてまた振った。

 楽しい。

 つい頬が緩む。

 万智音はポンチョと戯れる。彼女は万智音が十歳の頃に貰い受けた猫だ。もらったときは掌に収まる子だった。万智音は徹底的に可愛がった。泣く子は黙り母親が嫉妬するほど全身全霊を込め可愛がった。そして今に至る。

 さすがに十歳ともなると遊び続けるのも辛かろう。そう思う。しかしポンチョは若々しい猫だった。気を使うのはいつも万智音の方だ。


「よし。運動おわり。おいでポンチョ」


 万智音は猫じゃらしを置き胡坐をかいた。迷わず膝に乗るポンチョ。可愛い。万智音は頭を撫でくり喉下を擦り腹をモフる。


「……でさ。ポンチョ」


 万智音は尋ねた。


「お前、本当に全知なの?」


 は? とでも言いたげに見えなくもない雰囲気でポンチョが目を細める。気のせいかもしれない。十年来の付き合いでも分からないことは多い。

 二日前のことだ。

 万智音は国立神器博物館の特別展覧会に行った。もちろんポンチョを連れて。十年来ポンチョと一緒に移動してきたのだから当然だった。その旨を伝えると博物館側も渋々と応じた。それが失敗だった。かもしれない。

 ポンチョは気付いたらケージの外に出ていた。

 バレたらマズいと顔を青ざめる万智音をよそにポンチョは動いた。

 俗に賢者の石と呼ばれる全識球――智鞠ちまりにコソっと触れたのだ。

 智鞠は触れた者に全知を与えると言われる。


「……ポンチョ、お前、全知なの?」


 尋ねてもポンチョは気持ちよさそうにするばかりである。

 テレビのニュースでは重大事件を報じているのに。

 特別展示の智鞠が何者かに使用されたと。

 光が失せているのだと。

 尋ねてみてもポンチョはにあと鳴きすらしてくれない。

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