九割二分はクズ理論

 朝靄のかかる山道を一台の軽スポーツカーが優雅に駆け抜けていく。

 山肌に茂る青々とした森に、終わり始めの桜並木が彩りを添える。右へ左へと大きくうねる道は楽しく、林藤りんどうは自転車だったら最高だったのにと思う。


「美味い蕎麦を食いに行こう」


 そう九頭くずに誘われ、助手席に座り、早一時間。心の半分を占めていた面倒臭さはとうに失せ、今は蕎麦が待ち遠しい。

 車の鼻先がブラインドコーナーに向き、侵入前に速度を落とす。ぐぅっと押し込められる感触とともに横Gが、かかる、寸前だった。


「どぅわ!」


 九頭が悲鳴をあげてクラクションを叩いた。


ふわぁぁぁぁぁん!


 と響くラッパの音。影から飛び出してきたロードレーサーが前輪を左右にくねらせ車体の真横を抜けていく。

 そのときだった。

 林藤は見た。

 ロードレーサーが迷惑そうに顔を歪めているのを。

 九頭は車を止めると窓を下ろし、車外に叫んだ。


「死ね! クズロード! 崖から飛び出てくたばっちまえ!」

 

 物騒すぎる山彦やまびこ。そこまで言うか、と林藤は唇の端を下げた。九頭の肩をちょちょいと突いて言う。


「いいから行こうぜ。こんなとこで止まってる方が危ねぇ」

「分かってるよ」


 九頭が苛立たしげにアクセルを踏み込んだ。


「ったく。参るよな。ロード乗りってのは九割二分がクズなんだからよ」

 

 なぬ。林藤は思わず九頭を二度見した。林藤とてロード乗り。九割二分がクズと言われてはたまったものではない。


「……いやクズもいるけどさ。九割二分は言いすぎじゃね?」

「いいや、言いすぎじゃないね。奴らはクズだ」

「俺もロード乗りなんだが?」

「ならお前もクズだ。真人間になりたきゃロードなんか捨てちまえ」

 

 カチンときた。


「お前な、いくらなんでも――」

「ほら見ろクズだ」

「あ?」

「同じロード乗りが迷惑かけたんだろ? なら『仲間が迷惑をかけました、ごめんなさい』が筋だろうがよ」


 九頭がゆったりとハンドルを切った。大きくうねる車体。言い得て妙――いやいやいや。林藤は揺さぶられながら言う。


「いやなんで俺が謝んの? 俺らは被害者みたいなもんで――」

「悪いのは一部のヤツだってか。加害者グループの一人のくせして被害者ヅラだ。まさにクズじゃねぇか」


 そこまで言うかと、林藤は舌打ちした。。


「そういうお前はどうなんだよ」

「何いってんだ?」

 

 九頭は林藤を一瞥して言った。


「この車、ロードスターって言うんだぜ」


 思わず鼻を鳴らし、林藤は窓の外を見やった。

 蕎麦屋まであと二キロらしい。

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