猫のヒモ

 二○二二年二月二二日。千年に九度おとずれるスーパー猫の日である。二百年後に万年に一度のハイパー猫の日が控えているが、その日を拝めなさそうなのが私は悲しい。


 今日も、我が家の猫は眠そうにしている。

 茶色を基調にした無作為の三色染め。

 差別的な表現をすれば雑巾猫といわれる、美貌のサビ猫。

 日向ひなたに置かれた猫用クッション――の横のクッションが入っていたダンボール箱の中で丸くなり、ポンがこちらを観察している。


 いや、見張られているのかもしれない。


 苦労して組み立てたキャットタワーに匂い付けだけすませ、さぁ遊んでいいよとこちらを見つめてきたポン美の視線が忘れられない。


 こうやるんだよと足をかける私に、楽しいかい? と尋ねるような、あの目つき。

 悄気しょげる私に、遊ばないの? とすり寄ってくる、あの態度。

 ポン美は、私にとって姉さん女房も同然だった。


「……ポン美さん。膝が寒いのでこっちに来てもらえませんか」


 お願いすると、ポン美がピンと耳を立てて起き上がり、焦らすようにジリジリ近づいてきた。ここで手を伸ばしてはいけない。

 ポン美は私の膝に手を乗せ、ふみふみして、ふみふみして、ふみふみして、ふみふみして、


「乗ろう!?」


 耐えきれず伸ばした私の手をすり抜け、お尻を向けた。からかうようにくねる長い尾っぽ。完全に掌の上。

 それもそのはず、ポン美は三代つづく女帝家系ポン家の長女にして、ポン家の当主であられる。すでに六匹の子を成し血を継いで、私のことなぞ手のかかる息子か弟くらいにしか思っていない。たぶん。

 だが悲しいかな、事実だ。


「くそう……」


 私は悪態をつき、猛抗議を跳ね返し布団を剥いだコタツでPCを開いた。回していたカメラを止め、撮りためた動画の編集を始める。

 そう。

 私はポン美の動画配信で食いつないでいた。題して、


『ポン美の女帝生活』。


 コロナで職を失った私が、せめてポン美には腹いっぱい食べてもらおうと始めたのである。

 猫じゃらしで遊んでもらおうと必死に振り回すも無視されたり、猫が必ず収まるというマークを床に作る私をバカじゃないかしらと冷ややかに見つめていたり、徹底的に遊ばないポン美の姿が妙な好評を博しているのだ。

 気づけば私の収入はポン美の機嫌ひとつに左右されるに至り、これでは、


「……俺、お前のヒモだよなぁ」


 呟き、肩を落とすと、音もなく寄ってきていたポン美が私の膝に乗った。

 

「……撫でていい?」


 ポン美が、早くしろとばかりにまばたいた

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