ニューウェーブマナー

「――バカ野郎! 大卒だか何だか知らねぇけどビジネスマナーのひとつくらい覚えてから就職しろよ!」

 

 中年男がそう怒鳴り、VTRが止まった。

 アナが同情するように眉をひそめて言う。


「――はい。ご覧いただきましたように、新卒の子が怒られていましたね。このようなとき、どうすればよかったのか。ニューウェーブマナオさんに聞いてみましょう」

 

 カメラが新波あらなみを映した。感心したように頷いている。


「やー、イジるとこないスねー。グッドマナー……ナイスマナーまであると思うんすよー、この新卒さんー」

「……はい?」


 首を傾げるアナに、新波は言う。


「やー、さっきも言ったんスけどー、マナーって失礼クリエイション的な側面があるじゃないスかー。なんで、新卒は初手で相手のマナー探っとかないとなんスよ」

「ほう。探る、ですか」

「っすねー。怒られるのもマナーなんすよね」

「いや……しかし、怒られるのはまずいのでは?」

「ま、多少? ウザイんすけどー、怒るの好きじゃないすか、おじさんって」

「……あー……私もおじさんなのでそう言われますと……」

「ねー」


 新波は楽しげに笑う。


「今もホラ、ちょいヤなこというじゃないすか」

「え」

「あ、いいんす、いいんす。マジに取らないでもらって。自分あんま、マナーとかどうでもいいタイプなんで。バッドマナーにはならんすわ」

「えーと」

「世の中ってホラ、仕事のデキフデキ、そんな差ァでないじゃないすか。まぁあるっちゃあるんすけどー、そういうときマナーめちゃ便利なんスよねー」


 新波は耳たぶのピアスを撫でた。


「こんなことも知らないのかー、ってー、知ってたらやってる案件じゃないすか。やらかす前にチェックしとけっつー。なんでー、やらかすまで泳がしてるんすよねー。流されてきた釣り針なんでー、新卒さんは食いつくのもマナー的な?」

「あー……なるほど」

「たとえば自分トコ弟子いるんすけど、最初はラインとかでも承知しましたーとか送ってきててー、自分そういうの気にしないんでー、ッチーって」


 参ったとばかり苦笑し、新波は続けた。


「マナー道って立場が上のが先攻とっちゃうんでー、後攻の新卒くんはまずミスっとくの肝要すねー」

「つまり……知っていても分からないふりをすると」

「っすねー。先にソツなくやるとー、次、先攻は怒りゲージマックスいけるんで」

「先に放出させておく」

「っすねー。ニューウェーブマナーは後手必勝っす」


 へへっ、と新波は鼻の下を擦った。

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