パワーワーズ

 無限に降り注ぐはずの雪粒は空白を埋めるに足らない。

 冷えたアスファルトに映る月の斜線は頼りなく、彼我を繋ぐ線は此処にない。

 光輝こうきという存在の重みは、対岸に真木まきが佇む理由を拒む。


「消えろと言えれば楽だったのに」


 音が渦を巻き地に染み入る。

 そこに恐怖があればこそ。

 真木の呟きは意味を欲する。


「会えた事実を喜ぶよりも、会いたいと願い続けていたかった」


 信号機の滲んだ赤が、遠慮会釈もなしに緑へ変わる。

 その雪の匂いに名を付けるなら、どんな言葉を選ぶだろうか。

 生まれた迷いが足を進め、進む足が迷いを生んだ。

 

「殺したいほど愛すというのが陳腐なら、愛するからこそ殺すのも陳腐だろうか」

「陳腐というほど古びちゃいない。陳腐というほど腐っちゃいない」


 光輝と真木は無限の雪粒を介して擦れ違う。

 降り積もれば、目に見えぬ足跡は雪の下に埋もれるだろう。

 雪に埋もれてくれれば、紛れて消えることもないだろう。

 ポケットの奥で握る拳銃はいつも優しく、引き抜けば酷薄に笑う。指をかけるのは勇気ではなく諦めだ。

 分かり合おうという意志は、躰の外に出れやしない。

 照星の先にいる物だけが友人と呼べる。

 向けられた照星を見つめるときだけ友人を名乗れる。


「君を撃っても僕は救われやしないが、撃っても僕は許されない」

「許しは復讐の代わりだ」


 復讐するには理由が足りない。

 理由を並べるには罪が足りない。

 罪が、目に見えてくれれば、引き金も軽くなろうに。

 伸ばした人差し指を引金に被せ、光輝は都合のいい言い訳を探した。


「どうせ死ぬなら恨んで欲しい」

「怨恨という言葉は、希望を望めない生者のために作られたんだ」

「撃つことは堂々とできるのに、撃つよと言うのは照れくさい」

「恥だけが僕を正確に表してくれる」


 殺意が銃弾を嘲笑った。

 真木の頬を掠めた熱意は何を残そうとしたのだろう。

 銃声は、遠く古びた看板の下で硝子を砕き、失敗したのだと叫んだ。

 コートの裾が握手を交わした。

 遠ざかる靴音はさよならの代わり。

 進めと叫ぶ青い光が、息を切らして点滅する。

 湿った道路の端で雪解け水が出口を探していた。


「お願いだから、僕が殺すよりも早く、死んでいてくれ」

「断るほど仲良くないと思っていたけど」


 振り向けば聞いたと認めることになる。

 ただ足元を見つめ、何に耐えているのか考えた。

 分かったふりして唇を舐め、そういうことにしようと空を見る。


 千字くらい強い言葉だけで書けないかと思ったら一行でも無理だった。

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