著作人格権

 狐里織こりおり千空ちからは自宅で動画を見ていた。最近お気に入りに加えたVの者である。ゲームに雑談、闇鍋、飲酒――Vのスターターパックとも言える大量の動画群を気の赴くままに多重周回し、思考と言動を頭に叩き込んで、本日の生配信に臨む。

 クイズ企画だ。

 第何回の何々でどれそれをやったけど、というような、Vの者をどれだけ深く理解できているかを視聴者に問う。

 千空は画面を見つめ、ときおり笑いながら、出題されると同時にキーを叩く。


「早!? すご!? コリオリパワーさんやばすぎる」


 反応に、笑む。

 同時視聴している信者が口々に千空を褒め称え、また畏れ敬っている。なんという快感だろうか。俺が、俺こそが一番の信者だと胸を張る。


「でも、次はさすがに当たらんだろうなー」


 いや、当てますよ。千空は笑う。

 出題が始まる。


「超難問! 私が次にやろうとしている企画を三つ答えよ!」


 楽勝。と千空はキーを叩き始める。


「なんとこれ、まだ誰にも話していません!」


 爆笑。チャット欄に「分かるわけないねぇ」だの「どうして当てられると思った」とか、甘っちょろい言葉が並んでいる。

 分かんないのかよ。こんなの、簡単だろ。

 千空は愉悦に浸りながらエンターキーを叩いた。


「――え? うわ」


 真顔、といっていいのだろうか。画面の向こうで、配信者のアバターが呆然と固まっている。もちろん、機械的な不具合ではない。

 さあ言ってくれよと、千空が笑ったそのときだった。


「えーと。正解、なんですけど」


 ずらずらと並ぶ「すげぇ」の文字列。


「でもこれ、え? コリオリパワーさん、著作人格権とか分かります?」


 ――は?

 困惑する千空を諭すように、配信者が言った。


「もうこれ関係者じゃなかったら私の思考をトレースしてるとしか思えないんですけど、プライペードでもやってたりしてませんよね? 著作人格権っていうのがあってー、思考のトレースはグレーゾーンですけど、人格のトレースしてオリジナルとか言い出しちゃうと――」


 何いってんだ? 千空は眉を歪め、ヘッドフォンを置いた。

 音が、漏れ聞こえてくる。


「著作権は親告罪ですけど、著作人格権はちょっと違くて――」


 チャット欄に並ぶ「?」と「かしこい」の文字列。

 急にどうでもよくなり、千空はパソコンを落とした。

 それから、何があったのか。

 三日ほど経ったとき、家に帰る千空を刑事が待ち構えていた。


「何やったか、分かるよね?」

「……え?」

「人格のトレースしたでしょ。被害届でてるから」

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