人の善意に漬け込んで

 教室の中ほど、ポッカリ空いた希楽良きららの席が気になり、東技ひがしぎは昼休みにスマホを出した。とりあえず『どしたん?』スタンプ。平時の彼女なら十秒もあれば返信がくる。

 だが。

 ゾンビが『死にそう』と嘆くスタンプがくるまで、二十分かかった。

 ただごとではない。

 東技が『風邪?』と送ると、『オカン』『死んだ』やや間を置き『比喩』ときた。

 ホッとした。

 脅かすなと思いつつ、休んだ理由を聞くと、天を指差すトラボルタがきた。たしか映画のタイトルはサタデーナイトフィーバーで、本編にないポーズだ。

 つまり、熱。

 まだ木曜日だが。

『ご飯ない』と泣く謎生物。

 東技は同情し、


『帰りに何か買ってく』


 と送った。


『今すぐ希望』


 こいつ……人の善意に付け込みやがって……!

 しかし、熱で一人は不安なのかもしれない。

 東技は『帰りなら行く』と送った。『待ってる』。素直だ。

 とはいえ。

 付き合ってるでもなく、親と面通しもしてない男子が、病床の女子の家に行くのはハードルの鰻上うなぎのぼりだ。ガラガラ音を立てヌルヌルハードルが川を遡上。つまり、怖い。


 ……まあ、玄関に置けばいいか。


 やれる限りでいいのだ。

 何が欲しいか聞くと出るわ出るわで行くのやめようかと悩んだが、同情心には勝てない。自分の弱さを情けなく思いながら菓子とインスタントでパンパンになった袋を持っていき、ドアにかけ、インターフォンを鳴らして背を向けた直後、


 ドバン!! 


 とドアが開いた。


「うぉ!?」


 驚く東技の腕を、飛び出してきた野生のパジャマ希楽良が捕まえる。


「手伝って!?」

「寝てろ!?」

「一瞬だけ! 一瞬だけ! 先っぽだけ!?」

「シモネタ言える体調!?」


 高熱に焦りながらも仕方なく、東技は小さくなって家に上がった。連れて行かれたキッチンで、希楽良が床収納を開いた。

 

「あのタッパ取れる?」


 ぬか床だろうか。たしかに病身のJKでは無理そうだ。

 東技は激クソ重いタッパを腰をいわしかけながら上げた。


「なんそれ。クソ重なんだが?」


 汗を拭う東技に、希楽良が微笑む。


「東技くんの善意」

「……あ?」

 

 眉が歪んだ。

 希楽良がタッパを開けた。糠っぽい無臭。掻き混ぜ、しおしおのプリンを出した。


「善意に漬け込んだプリン」

「……熱、大丈夫?」

「先っぽだけ、いっとく?」

「……救急車とか呼ぶ?」


 本気で心配になり東技がそう尋ねると、ゴボ、と糠らしき何かの体積が増えた。

 希楽良が、唇を引き結ぶ。


「東技くんの善意、増えすぎ」


 救急車を呼んだらタッパから溢れた。

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