弾薬畑にて

 都内某所。大沢おおさわは何十、何百と繰り返された試験と身辺調査を終え、暗い、金属質な小部屋で待たされていた。

 体感で二時間は経った。

 確認を取りたいところだが、これすらもテストの可能性がある。

 ただ、待つ。

 壁越しに足音が聞こえた。硬質な音が止まり、金属扉が開く。男だ。下っ端の官僚にしては上等な背広だ。


「パスしたよ」


 男は椅子を引いた。耳障りな音が鳴った。腰かけ、紙のフォルダを大沢の方に滑らせる。黙秘契約と、破ったときに起こる様々な面倒の列記、そして、署名欄。


「最後の意思確認だ。サインした瞬間から、君は仕事に就く」

 

 大沢はペンを取った。余計な質問は余計な詮索を生む。言葉は少なくするべきだ。


「じゃ、これ被って」


 男は黒い頭巾を投げて寄越した。大沢が黙って被ると、


「注射するから袖まくってね」

 

 大した念のいれようだ。よほど場所を知られたくないらしい。

 大沢は左腕に痛みを感じた。痺れが血管を伝い、脳に届く。眠気を感じる暇もなく意識が途切れた。

 大沢が噂を聞いたのは、もう二年も前だ。

 

 知ってるか? 銃って、本当は牧場で育てるんだぜ。


 ヤク中の元記者が、そう言って酒で濁った目を潤ませた。元は敏腕と呼ばれ、いずれは世界の暗部を暴くのだと誰よりも長く起き誰よりも精力的に働いていた男。入社したての大沢は尊敬しきっていた。

 だからだろう。

 ガタがきた躰を誤魔化そうとクスリに手をだし、廃人同然と化した男を、否定しきれなかった。あらゆる手を尽くし、辿り着いた。身辺調査に備え、大沢は風の噂でも男の話を聞けなくなった。

 

「――あんちゃん。あんちゃん」


 訛った男の声に、大沢の意識が覚醒する。


「あんちゃん、おぎな。もう着いたよ?」


 東北訛りのようだった。大沢はモヤのかかったような頭を振りつつ、躰を起こす。


「ここは――」

「弾薬畑だよぉ」

 

 一面の緑。マメ科の植物に似た葉が地平線の先まで広がっていた。


「弾薬……畑……?」

「んだね。ここらはナトー弾」

「NATO弾……五.五六ミリですか?」

「詳しいこた知らね。百姓だもん。ほれ」

 

 農夫が、近場の苗から大柄なサヤエンドウに似た植物の莢を取り、開いて見せてくれた。ライフル弾に酷似した、青くさい豆が並んでいた。


「まだ乾燥してにぇからこんなんだげど、乾ぐと綺麗だよ?」


 本当に農場で生産していた。

 男の言葉は、嘘ではなかったのだ。


「あっちに戦車牧場もあっけど、後で見に行ぐか?」


 農夫は額に汗を光らせ、健やかに笑っていた。

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