考証ミスの専門家
葉月の家には、それなりの種類の酒と、シェイカーがあったのだ。
「うわっ、すごいじゃん! せっかくだし、何か作ってよー」
「何かって何を?」
葉月は苦笑しながらシェイカーを手にした。
「えー? カシスオレンジとか?」
「シェイカー使わねえし」
変な笑いが出た。
「じゃあ、何でも良いよ。なんか辛めの」
「カシオレ頼んだ人間の注文かよ」
葉月はビーフィーターを手にキッチンに戻り、シェイカーに注いだ。レモンジュースと少量のガムシロップ。蓋を閉じ、シェイクしながらリビングを覗き込む。
「あー、コートは――」
「ハンガー借りた」
「あ、うん」
違和感があった。氷の入ったグラスを持っていき、蓋を開け、
「おおー」
「はい、ジンフィズ」
つ、とグラスを押し出したとき、葉月は
グラスを傾ける友人。深紅のニットセーター。二つの膨らみ。そうだった。
こいつ、女だよ。
誘うなよ。来るほうも来るほうだろ。どうすんだよ。そんなつもりないぞ。
友人が言った。
「バレた?」
「え?」
「いま私、考証ミスの仕事してて。ほら、考証ってあるでしょ? ドラマとかの、現実と合ってるかどうかっていう」
「ああ、うん」
「あれの、ミスやってんの」
葉月は首を傾げた。ミス○○のミスではあるまい。公称がミスというのでもない。
「……どういう仕事?」
「ほら、現実的すぎるのあるでしょ? そんな風にならねぇだろってならない奴」
「ノンフィクションとか――」
「でもあるじゃん。そうはならないって展開」
「ああ、うん」
「あれ私」
葉月は上目むいた。
「ちゃんとしてると会話に困るから、現場で考証ミスするわけ」
「……うん」
「こないだのミス、あれすごいよね。大成功」
「えっと」
「すごい話題。あれやったの誰だって。原作者本人らしい」
「……すごいの?」
「すごいよ! 私らの仕事なくなるわって、業界騒然」
友人は酒を半分ほど飲みグラスを置いた。炭酸の泡がふつふつと昇る。
「まだまだだなって、痛感したよね」
「へぇ」
「今わかるようにやってたんだけど」
「え?」
友人はグラスを指差した。
「ジンフィズでしょ? ソーダ入れた記憶ある?」
「……あ!」
違和感の正体。
「それにほら、三年ぶりに会ったからって、男女を忘れるかっつの」
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