考証ミスの専門家

 葉月はづきは仕事帰りに寄った居酒屋で、大学時代の友人と出くわした。三年間、音信不通というか、付き合いのなかった友人だ。酔っていたのもあって、どうせ明日は休みなんだし家で飲み直そうよと誘っていた。

 葉月の家には、それなりの種類の酒と、シェイカーがあったのだ。


「うわっ、すごいじゃん! せっかくだし、何か作ってよー」

「何かって何を?」


 葉月は苦笑しながらシェイカーを手にした。


「えー? カシスオレンジとか?」

「シェイカー使わねえし」


 変な笑いが出た。


「じゃあ、何でも良いよ。なんか辛めの」

「カシオレ頼んだ人間の注文かよ」


 葉月はビーフィーターを手にキッチンに戻り、シェイカーに注いだ。レモンジュースと少量のガムシロップ。蓋を閉じ、シェイクしながらリビングを覗き込む。


「あー、コートは――」

「ハンガー借りた」

「あ、うん」

 

 違和感があった。氷の入ったグラスを持っていき、蓋を開け、


「おおー」

「はい、ジンフィズ」

 

 つ、とグラスを押し出したとき、葉月は素面しらふになっていた。

 グラスを傾ける友人。深紅のニットセーター。二つの膨らみ。そうだった。

 こいつ、女だよ。

 誘うなよ。来るほうも来るほうだろ。どうすんだよ。そんなつもりないぞ。

 友人が言った。


「バレた?」

「え?」

「いま私、考証ミスの仕事してて。ほら、考証ってあるでしょ? ドラマとかの、現実と合ってるかどうかっていう」

「ああ、うん」

「あれの、ミスやってんの」


 葉月は首を傾げた。ミス○○のミスではあるまい。公称がミスというのでもない。


「……どういう仕事?」

「ほら、現実的すぎるのあるでしょ? そんな風にならねぇだろってならない奴」

「ノンフィクションとか――」

「でもあるじゃん。そうはならないって展開」

「ああ、うん」

「あれ私」


 葉月は上目むいた。


「ちゃんとしてると会話に困るから、現場で考証ミスするわけ」

「……うん」

「こないだのミス、あれすごいよね。大成功」

「えっと」

「すごい話題。あれやったの誰だって。原作者本人らしい」

「……すごいの?」

「すごいよ! 私らの仕事なくなるわって、業界騒然」


 友人は酒を半分ほど飲みグラスを置いた。炭酸の泡がふつふつと昇る。


「まだまだだなって、痛感したよね」

「へぇ」

「今わかるようにやってたんだけど」

「え?」

 

 友人はグラスを指差した。


「ジンフィズでしょ? ソーダ入れた記憶ある?」

「……あ!」


 違和感の正体。


「それにほら、三年ぶりに会ったからって、男女を忘れるかっつの」

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