怪異殺し

 濃紺の背広を着た中年男が、簡素な机を挟んで青年と向き合っている。


「……君が〈怪異殺し〉の滝川たきがわくん……滝川俊一しゅんいちくん、でいいのかな?」

「ええ。そうです。どうぞ、お気軽に、滝川とでも、俊一とでも呼んでください」


 滝川は足を組み、背もたれに体重を預けた。簡素なパイプ椅子が軋んだ。

 中年男は肩越しに後ろを見る。少し若い男がノートPCを叩いていた。


「じゃあ……俊一くん。君の、その――怪異殺しの実績を教えてもらえるかな」

「ええ。いいですよ。どこから話しましょうか」

「最初から頼むよ」

「なるほど。では――僕が生まれたのは――」

「いや、そこらへんはいいや」


 中年男に遮られ、滝川は眉をひそめた。


「では、どこから?」

「最初の怪異は? なんだったかな」

「口裂け女です」

「……どうやって殺したんだい」

「やっぱり驚かれますか。あなたくらいの年齢だと、子供の頃、とても強いという噂を聞いたこともあったでしょう」

「……まあ、そうだね」

「実際は大したことありませんでした。僕はあの頃、カッターを持ち歩いてまして」

「つまり……」

「刺しました。あっけないものです。最近は口裂け女の話を聞かないでしょう?」


 滝川は、俺のおかげだと言わんばかりに両手を広げた。格子窓から注ぎ込む夕日を背負い、まるで神にでもなったかのようだ。


「次は?」


 中年男は尋ねた。


「次は何を殺したんだね」

「ターボばばあですね」

「ターボばばあ?」

「ええ。高速を走って追いかけてくるんですよ」

「高速というのは――高速道路でいいのかな?」

「ええ。他にあります?」

「どうやって殺したんだね」

「簡単です。車の窓からバットを出しておけばいい」


 中年男は眉間に皺を寄せ、口元を隠した。


「やったのはターボばばあだけ?」

「いえ。ジェットばばあとか、ボンネットばばあとか、まあ、いくつかね」

「婆さんばっかりだけど、じじいの怪異もいたのかな」

「ええ。ランニングじじいとか有名ですよ。体操じじいとかも」

「……どんなのか教えてくれるかい?」

「夜……もうほとんど明け方かな。病院の近くに出るんですよ――」


 中年男は頷きながら聞き取っていく。妖怪ベビーカー女。車椅子小僧。ゴルフ爺に草刈り婆……。

 中年男はため息をついた。


「結局、何人、殺したんだ。滝川俊一くん。本名、田中たなかひろしくん」

「……僕は怪異しか殺してませんし、滝川俊一です」


 中年男は肩越しに振り向き、若い男に尋ねた。


「この調書、あと何回、取りゃいいんだ?」

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