訪問販売
そのアパートには、やたらと勧誘が来たのだ。冬休み頃には、冗談半分、遊び四割、好奇心一割で対応するくらい慣れていた。
その日も来た。時間的には新興宗教。美人なのもあって楽しみにしてもいた。
「はーい、今――……?」
気が緩んでいた。
新顔のおっちゃんだ。
「訪問販売ですー」
戸別訪問の販売員はヤバい。まず、俺は通り一遍の回答をした。
「間に合ってますー」
「待って待ってお兄さん。おいちゃん、まだ発車してない」
ん? ときた。面白そうと思ってしまった。
「ここ学生の寮みたいなもんですよ?」
「あ、そうなんです? いや、初めてきたもんで」
「またまたー。熟れてるじゃないですか」
「そりゃ商売ですから。どうでしょう、五分だけ聞いてもらえません?」
「いやぁ、もうメシ食って風呂入ってネット見て寝るトコで」
「なら十分だけ! 十分だけ聞いて!」
「増えてるじゃないですか」
「じゃあ十五分!」
「はいはい、一分ね」
「うまいなあ、お兄さん」
言って、おっちゃんはバッグを開いた。
「お兄さん、量子って分かる?」
「量子?」
「そう、量子。最近、流行ってるでしょ? 量子コンピュータとか」
「いやまだ流行ってないでしょ」
「お。お分かりで?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「SF好きだ」
「……ちょっとだけ?」
乗せられていたのだと思う。
男は自慢げに手のひら大の筒を取り出した。
「そんなお兄さんにオススメ! これ! 量子タバコ!」
「……量子、タバコ?」
「そう! なんとこれ、吸ってみるとあら不思議! 吸ってる状態と吸ってない状態が共存するっていうスグレモノで――」
「いやどんな状態だよ! いらねえよ!」
「あらダメ」
「てかタバコ吸わないし」
「あ、そう。じゃ、これはどう?」
男は小さなカードを出した。
「なんとこれ量子マネーカード!」
「ぁ?」
「使った瞬間、減った状態と減ってない状態が共存して――」
「それ詐欺だろ!」
男は、やるねえ、とばかりに俺を指差し、大物を出した。
「じゃあこれは? 量子ジャー!」
「量子、ジャー?」
「そう! こいつは凄いよ? 米を研いでスイッチ入れると――」
「分かった」
俺は言った。
「開けるまで炊けてるか炊けてないか分からない」
男は両手を使って満足げに俺を指差し、舌なめずりした。
「これぞシュレディンガーの白米――」
俺は、少しだけ付き合う気になっていた。
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