都市観光

「――ですかー」


 あいは腕時計を見た。三十分。礼儀は尽くした。


「続きはタイミング合ったら、って感じで」

「あー……いや、ダメなら、お互い次いきましょ」

 

 愛は、男をキープ枠からナシに格下げする。


「すいません。まだ慣れてなくて」


 大嘘だ。マッチングで出会うのは八人目である。昨日と今日とで八人。この後まだ一人を残しているが、全然マッチしないのはAIのせいだろうか?

 枯れた休日にトマト一欠ひとかけ程度の彩りを添えたいだけなのに。

 次でダメならアプリ変えるか、と指定のバーで男と落ち合う。夜ならカクテルの一杯くらい――そういう内面がAIの判断を狂わせているのだろうか。


「――愛さん?」


 外見よし。清潔感よし。

 席を並べて、会話を始めて少し。


「私、旅行が趣味で――」


 そう。気のいい同行者が欲しいのだ。

 男は嬉しそうに微笑む。


「見ました。僕もです」

「やっとだー。なんでこんな単純な条件が、ねえ?」

 

 男は苦笑した。


「でも、僕のも、都市観光と散歩がメインで」

「えー?」


 また外れか、と内心で肩を落とす愛に、


「地域差も面白いですけど――」


 男は言う。


「だいたい一、二週間かな。同じルートを巡るんです」

「同じルート?」

「ええ。意外と変化あって。上を見っぱなしで首が痛くなりますよ」


 上? と眉を寄せ、愛は尋ねる。


「海外も行かれるんですか?」

「いえ、日本以外じゃ難しいかと」


 男は目を瞑り、囁くように言う。


「ちなみに、この辺は赤系の派手なのが多いです」

「へ?」


 頓狂な声を上げる愛に、嫌だなあとばかりに男は笑った。


「洗濯物ですよ。外に干すのは日本だけ」


 人間、本当に驚くと声も出せなくなると、愛はそのとき初めて知った。

 男は楽しげに言う。


「やっぱり単身者向けのアパート巡りがいいですね。たまに、防犯対策かな? 男物の下着が一枚だけ混ぜてあったりして。でも、次の日も次の日も同じだと、ああダミーかあ、みたいな」

「わ、私!」


 愛は慌てて席を立った。


「用事を思い出したので、これで!」

「……洗濯物?」


 ぞっとした。財布から札を一枚テーブルに捨て、逃げる――間際。


「マッチしてそうなのに」


 男の声に身震いし、愛は背中を丸めて帰途につく。途中、何度も振り向き、電車に乗って、降りて、鼓動が落ち着いてきた頃。


「――キモいわ!」


 声を低めて叫び、首を上げた。

 視界の端に映り込む、マンションのベランダ。街灯に薄っすら照らされる――


 違う。


 愛はうつむいた。顔が青くなっていた。

 

 マッチなんて、してない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る